「樹月と睦月がね、ずっとずっと千歳ちゃんのお兄ちゃんでいたいなっていう、そういうお話だよ」
「ほんとう? 千歳もね、ずっとずっとお兄ちゃんたちのいもうとでいたい!」


わたしがそう紡げば、千歳ちゃんは顔を輝かせて樹月に抱き付く力を強める。視覚的にはわかるそれは、けれど樹月本人にその感覚はないんだろうなと思うと、少しだけ可哀想に思えた。でも、あんな風に千歳ちゃんに抱きついてもらえるなんて、やっぱり憎し、樹月!


「ねえ、それじゃあ名前お姉ちゃんは? 名前お姉ちゃんも、ずっとずっといっしょ?」


っ、ぅわあああああっ! なにこのかわいい子! かわいすぎてどうしよう! 上目遣いに小首を傾げて見上げてくるその愛らしい姿、食べちゃいたい!

内心ものすごく悶えるわたしの欲望なんて、もう決まっている。


「わたし、輪廻があるなら今度は千歳ちゃんのお姉ちゃんになりたいっ」


名実共に。実感云々なんてことより、願望が強く胸を占めた。どうにかならないものだろうかと、欲望丸出しで願うわたしに、けれど千歳ちゃんから答えが返るより早く樹月がきっぱり言い放つ。


「あ、それは駄目」


なんでだよ!?
あっさりきっぱり否定され、その理不尽さに思い切り樹月を睨み付ければ、樹月は小さく微笑を浮かべてわたしを見た。


「義理ならいいんじゃないかな。ねえ、名前」


は? 義理? 養子になって千歳ちゃんの姉になれとか?

何を言い出したのか意味不明で、怪訝に眉を顰めてみる。樹月の意図がまったくわからない。まあ、わたしが樹月の意図を理解すること自体、あんまり多くはないのだけど。

にしても義理、かあ。義理……義理……。あ、そうだ!


「わたし、男に生まれて千歳ちゃんを娶ればいいんだ!」
「却下」


だからなんでだよ!
なんでそう樹月が否定するわけ!?


「そんなに千歳ちゃんがかわいくて仕方ないっていうなら、いっそわたしが婿養子になってやる。これなら文句ないでしょ」
「そうじゃなくて、もうその根本から違ってるってなんで気付かないの、名前」


根本? ……根本、根本……。え。


「輪廻云々から違ってた?」


なんだ、樹月がしたい話からして間違って捉えてたのか、わたし。それならそうと早く言えばいいのにと思いながら樹月を見やれば、彼は失礼にも盛大に溜息を吐きやがった。なんなんだ、本当に。


「本当に名前って……いやもういいけどね、本当に」


言ってもう一度溜息。いいと言いながらなんなんだ、本当に。こっちが溜息吐いてやりたいさ。

そうして樹月のせいで荒んでいくわたしの心を、不思議そうに目を瞬く千歳ちゃんの愛らしい姿が癒してくれる。もうわたし、本当に千歳ちゃんがいてくれれば生きていけるよ。死んでるけど。


「まあなんかよくわかんないけど、今は輪廻云々の話より、みおちゃんとまゆちゃんのことでしょ」


ちらりと視線を移せば、樹月たちの後ろの方で、ぐったりと倒れ込んだままのまゆちゃんの姿が視界に映った。相変わらず何かをぶつぶつ呟いているみたいだけど……そろそろ心配した方がいいんだろうか。普段のまゆちゃんがわからないから、これで普通だったりしたらどうしようってちょっと思う。


「儀式が始まる前に、なんとか逃がさないと。みおちゃんとまゆちゃんまであんな……」


目に遭わせたくはない。そう言いかけたところで、背筋にはしった悪寒に、思わず言葉が途切れる。刺すような、というよりも這い上がってくるようなぞわりとしたこの感覚を、わたしは知っていた。

これは……。


「名前?」


不思議そうに名前を呼んでくる樹月の声も、どこか遠い。彼の方に向けたわたしの顔は、けれど彼を捉えることなく更にその奥へと向いていた。

いつの間に体を起こしたのだろう。半身を起き上がらせた状態で、まゆちゃんがじっとわたしを見つめていた。

暗い、暗い眼差し。闇を深く湛えなお足りないとばかりに鈍さを増す瞳。

そうだ、この眼差しは……この、悪寒は……。


「紗重……」


思えばすぐに気付いていたはずだった。まゆちゃんに会った、その瞬間から。どうにも拭いきれない違和感は、彼女の中に彼女以外の何かをずっと感じていたから。

そうか、そうだったんだ。彼女は……。


「邪魔はしないで、って、何度も言ったのに」


低く、低く。地を這うようなその声が、微かに二重に歪む。わたしの感じている悪寒を彼らもまた当てられたのか、樹月と千歳ちゃんが慌てて振り返っていた。信じられない、そんな表情を浮かべて。


「私はね、八重とひとつになりたいの。ずっとずっと、八重と一緒にいることが、私の願いなの」


八重の名前を紡ぐ部分、そこには確かにみおちゃんの名前が重なっていた。

艶やかな狂気を湛えて微笑む姿は、あくまでまゆちゃんのもの。けれど刹那的に……少しでも意識を逸らそうものなら、彼女の身に纏っている見慣れない装束は、真白な着物へと移ろって見えた。真白な……べったりと付着した赤が、異様なまでに映える着物に。

お兄ちゃん、と、千歳ちゃんが震える声を上げる。


「邪魔をするなら……私は、あなたもころさないといけなくなる」


つつ、と、白く細い指が腿の辺りを……ううん、白い着物にべったりとついた赤を這う。告げる宣告に見合わない笑みを湛えたその表情がまた、どこまでも深く深く暗かった。







[*前] [次#]
[目次]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -