何なんだろうとちらりと螢たちの方へ向けば、螢は困ったように苦笑しながら「ごめん」と唇だけ動かし。

繭ちゃんは嬉しそうに私の空いているもう一方の手を掴んだ。

本当に、いったいどうしたというんだろう。

ますます深まる混乱もそのまま、通されたのは居間と隣接する台所。

…………台所?


「あのね、今日これを作ろうと思ってたんだけど、初めてで自信なくて……。若菜さん、教えてください!」
「え!?」


両手を合わせて上目遣いに窺うように頼み込んでくる澪ちゃんに、私は目を瞬かせる。

そんな私に、繭ちゃんがこれ、と、一冊の本を開いて見せた。

そこに描かれていたのは、おいしそうなベークドチーズケーキ。

……うーん、私、料理は割と好きだけど、それは作ったことないなあ……。

作り方の欄を見せてもらって行程をイメージしてみる。

その間に僅かに視線をずらせば、期待に満ちた繭ちゃんと澪ちゃんの眼差しが直撃した。

これは……断れないよね。


「よし! じゃあ一緒に作ってみようか!」
「本当!?」
「やったね、澪!」


楽しそうに嬉しそうにはしゃぐ二人に、何だか私まで楽しい気分になってくる。

そんなに喜んでもらえるなら、頑張って美味しいケーキ、作らないとね。


「……ごめんな、若菜、来て早々無茶言って」


ひょいと顔を出して申し訳なさそうな苦笑を向けてきた螢に、私は緩く微笑んで首を振る。


「ううん、料理は嫌いじゃないし、私も繭ちゃんや澪ちゃんと一緒にケーキ作るの楽しみだし、気にしないで」
「そうか」


告げれば、螢の笑みがようやく和らぐ。

細められた双眸からの眼差しの優しさが、私は凄く好きなんだ。


「もー! 螢おじさんはあっち行ってて!」
「そうだよ。ここからは女の子の領域なの。邪魔しないで」


み、澪ちゃん、繭ちゃん……。

二人から邪魔者扱いを受けた螢は困った様子で頭を掻き、けれど変わらない優しい雰囲気を纏ったまま答える。


「はいはい。じゃ、俺は向こうにいるから。二人とも若菜に迷惑かけるんじゃないぞ」
「はーい」


そう告げて居間の方へと去っていく螢の後ろ姿を見送ることもなく、繭ちゃんと澪ちゃんはすぐさまケーキ作りに取りかかろうと台の上に置いたレシピ本を覗き込む。

……私を、挟んで。

ああ、何か本当。

可愛いなあ。

それにこういう空気、本当に幸せだなって思う。

私にとって天倉家のみんなは、幸せな居場所。

大切な大切な、家族のようなひとたち。



……ねえ、螢。



いつか、今すぐにとは言わないから、いつか……。





私を、本当の家族の一員にしてくれたら、嬉しいな。










一・了



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