ほのぼのするわたしとは違い、焦ったのはもちろん睦月。ち、千歳! なんてどもりながら痛切に名前を呼んでいたけど、千歳ちゃんに頼ろうなんて言語道断。

右肩を軽く回しながら……いやもうほぐれる筋肉とかないし、完全に気持ちの問題だけど、とにかくそうしながら睦月の正面に向かう。向き合ってもう一度にっこり笑えば、睦月の口元がひくりと引きつった。


「歯ぁ、食いしばれいっ!」


その必要があるかどうかはともかく、そう告げ力任せに繰り出した右拳は見事睦月の左頬を捉え、吹き飛ばす。殴った感覚も全然ないのが不満だけど、結構見事に吹き飛んでくれたからそれでよしとする。感覚なくても抱きしめられるだけあって、感覚なくても殴れるんだと思うとなんかちょっと不思議だった。


「で、名前、なんでここで寝てたの? まゆさんは?」


一連の流れなどまるでなかったかのように綺麗に無視し、樹月が話題を改める。もちろんそれが本筋、本題なのだから訊かれることは当然にしても、吹き飛んで倒れた睦月は放置な辺り、なんか樹月らしいと思った。

ちなみに、さっきまで引いてたみおちゃんも、まゆちゃんの名前にはさすがに反応してみせる。不安そうに揺れる視線が、ちょっと痛い。


「いや、わたしの意志じゃなく強制貴重体験を経験してただけなんだけどね。まゆちゃんなら会ったよ、ここで」


今はいないみたいだけど。

さっき辺りを見渡した時には姿は見えなかったし、樹月の口振りやみおちゃんの様子から、みんなが来た時にはもうまゆちゃんはいなかったということだろう。なんでそうふらふらいなくなりたがるんだ。みおちゃんの苦労がちょっぴりわかると共に、これで苛立ったり挫けたりしない彼女の強さに感嘆した。


「本当ですか!? じゃあ、じゃあお姉ちゃんは……っ!」


いや、残念ながらわからない。そう答えようとしたわたしの背筋に、冷たい悪寒がはしる。ぞくりと大きな脈動を覚え、それからぞわぞわと這い上がる冷たい感覚に、わたしだけじゃなくこの場にいたみんなの顔も強張った。

知らない間に復活していた睦月はまあいいとして、今にも泣き出しそうな千歳ちゃんをすぐに抱き寄せる。ぬくもりを与えてあげられたら少しは気も楽にしてあげられたかもしれないのにと思うと、歯がゆかった。


「……この、感じ……」


絞り出すような樹月の呟き。それに内心で頷いて肯定した。

うん、同じだよね。玄関で感じた悪寒と、そして……。

わたしが、気を失う前に感じた悪寒とも。

ひたりひたりと不気味なくらいゆっくりとした足音が響く。わたしが幽霊としてさ迷っている間に老朽化したらしい床が、その足音に合わせて軋むものだから、襲ってくる恐怖も一入だ。

どうせ来るならばっと来てばっと驚かしていけばいいのに。どうして焦らすんだ、嫌がらせか。



――邪魔を、しないで。私たちはひとつになりたいの。



……え?

やだ、幽霊にも幻聴とかあるわけ?

急に脳内に響いてきた声に、思わず戸惑う……のが普通の反応だと思うけど、わたしの場合その半分は好奇心にもっていかれた。幽霊として自覚あって意志をもってうろうろしているってことが既に貴重体験だとは思うけど、それに付随していろんな貴重体験ができてることにいちいち胸が躍ってしまう。いや、わたし、本当に楽しいこと好きだな。

よく睦月や宗方くん辺りに、それ楽しいと思えるの名前だけだからとつっこまれたことも思い出す。そして都合よく忘れることにした。

あ、で、話を戻して。今の声、なんかつい最近聞いたばかりな気がする上に、よく知った声のような気もしたんだけど……。

はて、と、周りのみんなの緊張感なんてどこ吹く風で小首を傾げれば、あの足音の主は丁度この部屋の前で立ち止まり……。



迷いなく、扉を開けた。




「澪っ!」
「お姉、ちゃん……?」


ひしっと。もう本当、転がり込んでくる勢いで部屋に踏み入ってきたその人物は、まったく躊躇うことなく入ってきた時の勢いそのままにみおちゃんに抱き付いた。いや、ひしっなんて擬音じゃ生ぬるい。今の絶対どかっ、だった。反動で倒れなかったみおちゃん、つわもの!

そんなことを思っていて気付くことが遅れたけど、なんかさっきまでの重圧にも似た寒気が消えている気がする。役得だしと抱え込んだままの千歳ちゃんをそのまま、辺りを見渡してみるけど、みおちゃんと闖入者……まゆちゃんが感動の再会を体現している以外に、特にこれといって目に止まるようなものはなかった。

……うーん、不思議。

とにかく、まゆちゃんも見つかったことだしと、目的を進めようと樹月が口を開く。目的とはもちろん、みおちゃんたちを村の外に逃がすこと。みおちゃんが心配そうにわたしたちを見つめるけど、わたしたちのことをみおちゃんが気にすることはない。わたしたちは曲がりなりにも村の人間。自分たちのことは自分たちでどうにかしないと。

むしろこの村のせいで怖い思いとかさせちゃったことで、恨まれたって仕方ないんだ。わたしたちが意図したことでないにせよ、村から出て行く選択肢も取れなかった以上、村人という括りの中には含まれてしまうのだから。






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