いかないと、と呟き続ける樹月の目は、ただただずっと奥を見つめ続け、逸らされない。

……まあ、うん、そうだよね。


「わかった。じゃ、積もる話もあるだろうから、まゆちゃん捜しはわたしがしておこう」


気も遣えちゃう女、名字名前。感謝しきっちゃって構わないよ、樹月。

ぽん、と背を押したその感覚は伝わらなくても、たぶんきっと伝わったものはあるはず。ようやくわたしを見下ろした樹月は、困ったように、けれどどこか決意にも似た眼差しで微笑してみせた。


「ありがとう、名前」
「いいっていいって。ま、合流したら覚えとけとは伝えておいてね」
「あはは……。……わかった」


さて、拳を振る予行練習でもしますか。そんなことを考えるわたしに苦笑し、樹月は一言、またあとでとだけ残して去っていった。

よし、わたしものんびりしてられないね。早いとこまゆちゃん助けて、みおちゃんに会わせてあげないと。

まゆちゃんまゆちゃん、生きたひと〜。

よし、捜すぜ! って意気込んだわたしは、ふと気付いてしまった。

あれ、もしかして今って、絶好の樹月の弱点探せる機会じゃない? ほら、今なら樹月いないし、丁度立花家だし。

…………。

じゃ、まずは樹月の部屋からまゆちゃん捜ししますか。だいじょうぶ、横道逸れてない。目的覚えてる。まゆちゃんまゆちゃんまゆちゃん。

誰にともなく心の中で言い聞かせながら、とにかく樹月の部屋目指して進んでいく。弱点っていったら……日記とか? 恥ずかしいなにかを見つけられれば、わたしが樹月に怯える日はもう来ない! ふふ、樹月の悔しがる顔が目に浮かぶようだ。

というわけで樹月の部屋に来てみたら、あらびっくり、先客がいたという事態に遭遇。いや、本来の目的がすこぶる順調にいったわけだから、いいことではあるんだけど……。

樹月の弱点が探せなくなったことが口惜しい……っ。

悔しさに呻く内心を押し付けて、わたしは先客……生きた人間だからもちろん彼女がまゆちゃんだろう、に、声をかけてみた。


「えーと、まゆちゃん?」


驚かれるかな、とも思ったけど、むしろこっちがびっくりするほど平然と、そしてゆっくりと目の前に座り込んでいた少女が振り返る。その、顔は……。


「……さ、え……?」


嘘、嘘だ。だって紗重は、紗重はあの日……。



――あは、あはは、あははははっ。



「っ」


脳裏に蘇った、狂ったような笑い声に思わず耳を塞ぐ。



やめて、やめて、違うでしょ、そうじゃない、あなたは、きみは、違う、違う……っ。

こんなの、こんなの、絶対に……っ。




「……あ、の……」


か細い声に、はっと我に返る。耳を塞いでいたはずなのに、それでも聞こえてきたその声は、不安からか恐れからか微かに震えていた。

ちょ、わたしがこんな様じゃダメでしょ。格好悪いし情けないし、何より今のわたしは幽霊だ。普通に生きてるひとが驚いちゃったり怯えちゃったりするのは当然なんだから、しゃきっとしないと。まずほら、自己紹介! 警戒心を解いてもらうことから始めよう、うん。


「あー、と、ごめんね、突然。わたしは名字名前。見ての通り幽霊なんてやってるけど、君たちの味方のつもり。みおちゃんに頼まれてまゆちゃんって女の子捜してたんだけど、まゆちゃんで合ってたりする?」
「……っ! 澪……っ! 澪は、今どこに……?」


わあ、すごい食いつき。この様子なら、この子がまゆちゃんに違いないな。

……みおちゃん置いていったの君じゃないのかというつっこみはしない。したいけど、しない。まゆちゃんがみおちゃんのこと想っていることは伝わったしね。


「えーと、まずは落ち着いて、ね。みおちゃんならまゆちゃんに会うために、今こっちに向かってるところだから」
「あ……。ご、ごめんなさい……」


うんうん、さすがみおちゃんのお姉さん。いい子!


「あ、あの……取り乱して、ごめんなさい。私は澪の姉の天倉繭です。えっと、名前さん、は、幽霊、なんですよね?」


ああうん、ごもっともな疑問。窺うように問いながらも、それほどあからさまに警戒されてるわけでもなさそうだから、良かった。


「うん、そう。でもだいじょうぶ。なんだか自我とか自覚とかあるし、さっきも言ったけどちゃんとキミたちを助けたくてここにいるから」
「……助ける?」
「この村ね、今特に危ないけど、もともと双子には一段と優しくない村なの。だから早く帰った方がいい。みおちゃんとふたりで、ね」


そうそう、それは早ければ早いに越したことはないんだ。だから早く帰ってもらわない、と……?


「……ぃで。……は……ひと……ぃの」
「……え?」


まずはこの部屋から出ないとね。そう思って部屋の入り口へと振り向いていたわたしの背に、ぼそぼそと小さな呟きが届いた。

もちろん、その呟きを吐ける人物なんて、わたし自身を抜かせばここにはひとりしかいない。何を言ったか問おうと振り返ろうとしたわたしは、直後に襲ってきた、あのぞわりとした悪寒に身動きがとれなくなった。

ちょ、え、やだ……っ。

幽霊も金縛りにあうの!? ちょ、本当、この悪寒さえなければ初体験楽しんだのに!

そんなわたしの思考など露知らず、悪寒はじわりじわりと強まってゆく。これはそう……まるで、その元凶が一歩一歩ゆっくりと近付いてきている、よう、な……。


「……邪魔、しないで……名前姉」


あれ、この声って……まゆちゃんの、だった?

遠く思いながら沈んでゆく意識に飲まれていったわたしは、顔を伏せ涙を零す紗重の幻をみたような気がして……。気のせいか、それがまゆちゃんにもみえたような気がしたのだった。










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