わたしは無力で、なんにもできないくせに感情だけは素直で。なんてこどもだったんだろう、って、今でも思う。
みんなたくさんの想いを抱えて生きて、選択して、歩んでる。当たり前なそれすらも、わたしは自分の主観で塗り潰した。
睦月も、樹月も、八重も紗重も。たぶんたくさんたくさん傷付けた。
傷付けたかったわけではもちろんないし、その行動を肯定していいとも思わない。だけど。
認めるくらいなら、わたしはずっと、こどものままでいい、と、そう思うんだ。
たとえそれがどんなに独りよがりで、傲慢で、脆弱に見えたとしても。
目を開ける。相変わらず締め切られた蔵の扉を前に、少しだけ竦んでしまう。ここまででいいか、なんて弱気なこころが顔を覗かせ、すぐに首を振って打ち払った。
らしくない。こんなわたし、きっとみんなに笑われる。どうしたんだ、って、心配を含めて。
自分を奮い立たせて、それから目の前の扉に手を添えた。鍵がかかってるけど、こんなもの、今のわたしにはなんの意味もない。
意を決してするりとそこを通り抜ければ、目の前の暗闇のその奥に、鉄格子のはめ込まれた小さな窓が見えた。その傍には……。
「……樹月」
白い、髪。さいごに見た彼の姿そのままな姿が、ただ静かに窓の外を眺めている。それに情けなくも少しばかり安堵して、それから小さく声をかけた。
直後に弾かれたように振り向いた彼の黒い瞳が、暗闇でもわかるくらい大きく見開かれる。
「名前!? どうしてここに!?」
「会いにきてみた」
会えるかどうかは正直微妙だったし、だからこそひとりで気持ちを固めるためにきてみたんだけど、こうして会えたならそれを目的にしてきたんだってことにしちゃってもいいと思う。結果論だ。
「会いに……って、鍵もかかっていたはずなのに、どうやって……」
ああ、そうか。
わたしは自覚しているけど、その方がきっと稀なんだ。みおちゃんに会うまでのわたしがそうだったように、今の樹月はきっと、繰り返している。
生きていた、さいごを。
「そんなの関係ないよ。だってわたし、死んでるし」
「なに、言って……」
さらりと告げた言葉は、予想はしていたけど、樹月にとっては衝撃的なものだったらしい。惑いながら疑うように、けれど痛みすら覗かせて見つめてくる彼の眼差しを受けながら、わたしは一歩、また一歩と彼の元へ足を進めた。
ちらり。見上げた天井に、胸が苦しくなったし樹月を殴り飛ばしたい衝動も湧き出たけど、なんとか耐える。
「わたしだけじゃない。もうみんな、死んでるよ。この村に生きているひとなんて、たぶん、二人しかいない」
みおちゃんと、みおちゃんのお姉さん。他にももしかしたら誰かいるかもしれないけど……あの時村にいたひとたちはみんな、きっと誰ひとり、助かってなんかいないはず。そういうものだったんだ、あれは。
なんとなく、報いなんだって言葉が頭をよぎって納得してしまう。そうだよ、儀式云々のせいじゃない。これはきっと、いつか必ず訪れただろう、報い。
多くの命を奪って、多くの涙を踏みにじって存続してきたこの村への、村のひとたちへの、報いなんだ、きっと。
「なにを、言ってるんだ、名前。なら、そこにいる君は、ここにいる僕は……千歳や、八重や紗重は……」
「八重はわかんない。でも千歳ちゃんや紗重……樹月は、もう」
死んでる。千歳ちゃんはわからないけど、でもきっとあの時村にいただろうし、紗重は……。
八重はわたしの知る限り、最後まで見つかっていなかった。そして樹月は……樹月の、さいごは……。
ふと、手を伸ばす。触れられるかなんてわからなかったけど、伸ばした指先は確かに樹月の頬を捉えた。
のに、体温も、質感も、なにひとつ感じることがなくて腹が立つ。涙が出そうになるけど、悔しいから意地でも泣いてやらない。
抓った頬を、そのまま引っ張る。いつか睦月にしたみたいに。どれだけ力を込めてしまっているかもわからないこのからだに、けれど樹月も痛がる素振りは見せなかった。
おなじ、だからね。
「名前、僕は……僕、には……」
震える、声。いつだって余裕そうな態度だった樹月は、けれどわたしより……ううん、もしかしたらこの村の誰よりも。たくさん、たくさん、いろいろなものを抱えていたと思うんだ。
わたしの手を解いて、すぐにぎゅっと抱きしめてきた彼の背に手を回す。感触なんてないのに、確かにそこにいるこの感覚はなんだかとても不思議だった。
「きみの、体温が……ぬくもりが、わからない……っ」
うん、わたしもだ。宥めるように震える背を撫でるけど、たぶんその感覚も樹月にはないだろう。幽霊って便利だけど、やっぱり寂しいや。
「僕は、もう……本当に、死んでいる、のか」
「うん。……わたしもね」
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