あの夢でのことがまるで嘘のような穏やかさだけど、私も螢も……あの夢に関わったみんなもたぶん、忘れてはいない。
悲しい……とても悲しい、あの二人のことを。
二人は、二人の魂は、救われたのかな。
空はどこまでも遠く広がって、何も知らないとばかりに青く青く抜けていた。
「ねえ、螢。話ってなに?」
私たちがあの二人の話をすることはなくて。
けれどそれは嫌な意味の理由からじゃない。
……言葉にすることがすべてではないと理解しているからかもと、どこかで思った。
「えっ!? あ、いや、それは……」
私の問いに目を見開いて焦り出す螢に、どうしたのかと首を傾げる。
今日こうして会う約束を持ちかけてきたのは螢の方。
何か話があるからって言っていたんだけど……。
話って何だろうと不思議に思う私に、けれど螢が答えをくれることはなくて。
何だか挙動不審になりながら、言葉らしい言葉を紡ぐでもなくただ私の手を引いて歩き続けた。
いったいどうしたんだろう。
不思議に思うを通り越して、そろそろ少し不安にもなってくる。
呼びかけても、ああ、とか、うん、とかばっかりだし。
離されない手の温もりだけが私に安心をくれた。
……しばらくそんな状態のまま歩いていた私たちは、きっと周りのひとたちからしたら凄く妙だったんじゃないかなと思う。
とにかく、いつまでもこうしているわけにもいかないし、いい加減話をしてもらおうと改めて意気込んだその時。
螢が、くるりとこちらを振り返った。
「若菜」
びっくりして思わず目を瞬いた私の前には、これでもかと今までにないほどに真剣な眼差しを宿した螢の顔があって。
心なしか、その頬が僅かに染まって見えたのは、ここまで足早に歩いてきたせいだろうか。
気付けば私たちはいつの間にか河川敷まで来ていたみたい。
螢の動向を気にするあまり周囲に注意をまったく払っていなかったことに、今更ながらも呆れてしまう。
平日ということもあってか、この辺りの人通りは少ないみたいで、向かい合わせに顔を見合わせる私たちを気にかけるひとはいないようだった。
「若菜」
もう一度名前を呼ばれる。
辺りに視線を向けていたことが気に障っちゃったのかなと思ったけど、何だかそういうわけでもないみたい。
螢は私を咎めるでもなく何故か深呼吸をしていた。
「あの……螢? どうしたの? 何かさっきから変だよ」
拾い食いでもした? なんてボケは今はしない方がいいかな。
そんな空気じゃないみたいだし。
躊躇いがちに見上げて問えば、唐突にがしりと両肩を掴まれてしまった。
え、ちょ、本当に何?
びっくりしてどうしようかと戸惑っていると、螢は私の肩に両腕を置いたまま、真っ直ぐに私を見つめてくる。
やっぱり頬が少し赤くて、けれどその目は真剣そのものだった。
「若菜、その、なんだ」
言いにくいことを言おうとしているのか、螢の口からもれる言葉は先程までと大して変わらない、意味らしい意味をもたないもの。
何か言いたいけど言えないでいる、そんな感じ。
そんな彼の様子を螢らしいなあ、なんて思いながら小さく笑う。
螢、それじゃあまた澪ちゃんにへたれって言われちゃうよ。
「なに? 私なら逃げないからゆっくりでいいよ」
今伝えたいことが何か察してあげることはできないけど、でも言葉を紡ぎやすくはしてあげられると思う。
私はいつもみたいにゆっくりと落ち着けるように螢に告げた。
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