深紅ちゃんは怜のところで居候しているという女の子。
彼女もまた、あの夢に捕らわれていたらしい。
怜と会うようになって紹介してもらった彼女とは、怜も含めた三人で食事をしたりもしていた。
可愛いし気遣いもできる優しくていい子。
それが私の印象。
「そっか……。うん、そうだね。じゃあ螢と澪ちゃんに言っておく」
「ええ。都合がいい日が決まったら教えて。深紅が食事に腕をふるってくれるって言っていたから」
「本当? 楽しみだなあ。あ、じゃあ私はケーキでも作っていこうかな。……澪ちゃんと一緒に」
怜って何でもできそうに見えるけど、家事がまるでダメみたい。
怜の家の家事全般は全部深紅ちゃんがしてくれてるんだって前に教えてもらった。
家事を全部担っているというだけあって、深紅ちゃんってすごくしっかりしているし、料理の腕だって相当上手い。
怜に告げた楽しみだって言葉は心からの本音だったりする。
同時に、澪ちゃんとのケーキ作りも。
……繭ちゃんとのことを思い出させてしまうかもしれないから、無理強いはできないけど、でも……気分転換になればいいな……。
「じゃあ、そういうことで。また後で連絡ちょうだいね」
「うん。またね」
怜の言葉で会話は終わり、電話が切れる。
その内容に弾んだ心に頬を緩めながら、私はもう一度ちらりと時計に視線を馳せた。
大丈夫、まだ間に合う。
バッグを肩からかけ直して、今度こそ向かう玄関。
開け放った扉の外には、連日降り続いていた雨が嘘だったみたいに綺麗で清々しい青空が広がっていた。
終 「さあ一歩、」
足取りが軽く感じるのは天気のせいだけじゃなく、やっぱり怜からの電話があったからかな。
そんなことを思いながら街中を歩き、時折思い出したように腕時計を見やる。
待ち合わせまではまだ少しあるし、今の歩調なら問題なく時間までには辿り着けそう。
肩からかけている鞄を何となくかけ直して前へと向き直った。
瞬間、視界を掠めた青に思わず振り向く。
私の横を通り過ぎて行ったその背中は、どことなく似て見えた、けど。
首を振って前へ向き直り、再び足を踏み出した。
迷いは、ない。
さあ、進もう。
進んだ先で、あなたに会えると知っているから。
待ち合わせ場所には予定していた時間よりも少し早めに着いた。
とは言ってもいつもなら十分前には着いているところを、二分前に着けただけだからいつもよりは遅いのかな。
とりあえず辺りを見渡して待ち合わせの相手の姿を探してみれば、彼は先に着いていたらしく私の姿を見つけるなり軽く手を挙げて呼んでくれた。
「若菜」
呼ばれてすぐに駆けより、彼を見上げて小さく笑みを刻む。
「螢」
彼の名前を呼び返せば、返ってくる優しい笑み。
交わる視線は暖かで、幸せな気持ちになる。
「待たせちゃった?」
「いや、大丈夫だ。……とりあえず行くか」
「うん」
自然と差し出される手を取って、その手に自分の手を絡めた。
伝う温もりも、胸を暖かくしてくれるもののひとつ。
私と螢は並んで歩きながら、ゆったりと会話を交わす。
何でもないような日常的なものから、澪ちゃんのこと、それから忘れちゃいけない怜との約束。
笑いあい、交わす会話は穏やかで。
時が優しく流れていくのが心地よく思えた。
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