「ゆきなさよ、はたて。ゆきなさよ、はたて」
唄うように紡ぎながら、目の前に広がる広大な水たまり……それこそ本当に海のように見えるそこに、零華さんと要さんを乗せた木船を押し出す。
さっき螢が見つけてきたこの場所の岸部にあった木船。
それが本当に「送る」ために使うものかはわからないけど、きっとこれでいいんだと思う。
ねえ、零華さん。
次に生まれてくる時はきっと、要さんと沿い遂げられるといいね。
固く握り合わせた二人の手に、強く強く祈りを込める。
輪廻転生、廻る魂がきっと惹き寄せあうと、そう願って。
ふと気が付けば、零華さんたちを乗せた船を追うように黒い影のようなものたちが次々と海を渡り始めていた。
あの影はたぶん、この屋敷に囚われていた魂たち。
涯を通り、此岸から彼岸へ渡ろうというのだろう。
ひとの魂の、理(ことわり)通り。
ぼんやりとその影たちを眺めていたら、隣にいた怜さんが何故か突然駆け出した。
水の、中へ。
「怜さ……」
「優雨っ!」
……優雨?
私の制止を遮るように叫ばれた怜さんの言葉は、私を留めるには充分すぎた。
優雨が、いたんだ……あの影たちの中に。
怜さんがこの屋敷でずっと追いかけていたのは優雨だというのだから、その優雨が今ここにいても不思議ではない。
怜さんの向かう先に視線を移せば、確かに遠くに見知った姿を見付けることができた。
確かに彼は。
「……優雨」
その名前を呟いても、涙は出なかった。
その姿を見ても、亡くなった報せを耳にした時程には悲しくなくて。
薄情、なのかな、私。
優雨はいつでも優しくて、本当にその名前通りのひと。
時折冗談を言っては私を怒らせたりもしたけど、でも最後にはいつも笑いあって。
あなたの声が、笑顔が、紡ぐ言葉が……私は大好きだった。
……ううん、大好きだよ、今も……これからも。
きっとこれから先も螢と一緒にあなたを思い出しては話すんだ。
あなたと過ごした、日々を。
私も螢も、あなたのことを忘れたりなんかしない。
それなら、ねえ、あなたは私たちの中で生きていることになるよね。
ずっと、ずっと。
優雨はしばらく怜さんと二人で話をすると、怜さんの刺青を吸い取るように引き受け、そして微笑む。
「生きて欲しい」
ともに逝く道を望む怜さんに、優しく告げながら。
優雨の分も、優雨の記憶とともに。
それが、優雨の願い。
優雨はそれを怜さんに伝え終えると、私たちへと視線を向けた。
――ありがとう。
きっと、そう伝えたかったんだと思う。
それはこっちの台詞なのに。
私は螢と寄り添い、去り行く優雨の後ろ姿を見つめながら呟いた。
「ありがとう」
たくさん、たくさん。
私はあなたからいろいろなものを貰ったよ。
大切な大切な私の……私たちの、友人。
生まれ変わってもまた、ともだちになれたらいい。
今生は……そう、目覚めたら怜さんとともだちになろうか。
優雨とよりももっともっと仲良くなったりして。
……ねえ、優雨、だから大丈夫だよ。
私たちが怜さんの傍にいるから。
優雨がきっと何よりも願っているだろう怜さんの幸せを、傍らで支えてみせるから。
……自分でできないことが悔しいかもしれないけど、でも優雨なら笑って見守ってくれるんだろうなって思う。
優雨。
……ありがとう。
目覚めは、すぐそこ。
九・了
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