こんな気に当てられた上で今の零華さんの負の感情にまで当てられたら……精神が、保たないと思う。
とにかく時間を稼いでその間に結界を、って。
「……あれ?」
空気が、戻った?
場所が場所だから空気が淀んでいるのは仕方ないにしても、さっきみたいに体中が重く息苦しさまで覚えるほどの重々しさがなくなっている。
一時的なものだったのかな……。
だとしても、もう一度あの空気にならない保証はどこにもない。
早く零華さんを止めないと。
考えは同じなのか、螢と怜さんも射影機を駆使して戦っている。
私も、続こう。
「臨」
紡ぎながら結ぶコンゴウコ印。
「兵、闘、者……」
両手を組み替え次々に結んでゆく印。
ダイコンゴウリン印からゲシシ印、そしてナイシシ印へ。
すべてを紡ぎきるには計九つの言葉が必要だった。
九字。
災害を祓い、勝利を得る呪力があるとされる修法。
名前なら割と多くのひとが知っているんじゃないかと思う。
印を結び呪を唱え、それから刀印を結んで四縦五横の直線を空中に描けば、完了だ。
「……在、前!」
さあ、終わりにしよう。
私の九字と怜さんの強烈な一撃……えーっと、螢はもともと霊力低いから仕方ないよ、うん。
とにかくそれで終わりはきた。
「あああぁぁあぁああぁ……っ」
辺りに痛ましく悲鳴を響かせ、やがてゆっくりと溶けるように零華さんは消えてゆく。
零華さんを、傷付けたいわけじゃなかった。
言い訳じみているけれど本心であるからあの悲鳴に胸が痛む。
けれど立ち止まるわけにはいかなかった。
零華さんは、もうこれ以上傷つかなくていい。
傷つかないで、欲しいから。
「若菜」
傍まで来てくれた螢を見上げてひとつ頷く。
螢もわかってくれていたみたいで私に微笑みかけながら頷いてくれた。
……そうだね、終わらせなくちゃ。
私は螢と怜さんと一緒に、もう一度あの石造りの建物へと踏み入った。
何度見ても凄惨で痛ましい光景。
たくさんのひとが犠牲になった、その証。
何度目にしようとも私はきっとこの光景に胸を痛め続ける。
でもそれでいい、って、そう思うの。
それがたぶん、生き続けるってことだと思うから。
なんて、少し偉そうかな。
「もう、みなくていいから」
怜さんと二人、並んで零華さんたちの傍に屈む。
すぐ傍で事切れてしまっている要さんの姿を見つめるように開いたままになっていた零華さんの目元に手をやり、その瞼をそっと下ろした。
最愛のひとの変わり果てた姿をずっとずっと見つめていたなんて……言葉では言い表せないほど辛かっただろうな……。
私まで苦しくなるような想いで零華さんたちを見つめていると、ふいに螢の呼び声が聞こえてきて私と怜さんは揃って顔を上げる。
「あったぞ。あの、海のような場所」
涯……。
……これで、終わるんだね……ようやく。
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