でもそれでも、どうしても赦せないと思ってしまうことだってある。
私も、人間だから。
蛇目を収めるための場所まで向かった私達を待っていたのは、私が視た映像の中に確かにいた人物。
要さんを、ころしたひと。
彼女が私たちに襲いかかってきたその瞬間。
「ノウマク・サラバタタギャテイビャク……」
結ぶコンポンヒミツ印、仰ぐは最勝の尊、不動明王。
このひとにはこのひとの事情があったんだろうとは思う。
思う、けど。
……ありったけの霊力を込めて瞬時に消し去った老婆の霊に、私が哀れみや申し訳なさを感じることはなかった。
薄情かもしれないけど、でも、私はどうしてもあのひとを赦せそうにない。
「……若菜」
「あ、ごめん。行かないとね」
「……ああ」
螢に呼ばれて我に返り慌てていつも通りを演じる。
まだもやもやとした黒い気持ちが胸の中でくすぶっていたけど、さりげなく私の手を握ってくれた螢の手の温もりに、暖かい何かが注ぎ込まれてきたような気がして。
その温もりが、私の中のどろどろとしたものを流し出してくれていくような気がした。
胸の内で螢に感謝して、私たちは先をいく怜さんの後に続く。
螺旋状に伸びた階段を下へ下へと下って、更に奥へと進めば随分と開けた場所に出た。
……ちなみに、途中で巫女姿の少女たちにも襲われたけど、私の霊力で難なく消し去ることができ。
ちょっとだけ、可哀想だったかな、なんて思う。
まあ、あんな杭を嬉々とひとに向けてくるなんて、とても正気とは思えないけど……育った環境が悪かったんだろうなあ、きっと。
と、それはともかく。
足元に僅かに湛えられた水と、その上を滑る灯篭とが何とも神秘的な空気を生み出すこの場所の奥に、それはあった。
「……ねえ、ここ……」
石造りのような建造物、そこに近付き良く見てみれば、ひとひとりが通れるくらいの入り口が静かに口を開けていた。
そこを示して呟く怜さんの言葉を耳にしながら、螢が持っていた懐中電灯で中を照らしてみる。
どうやらしばらく通路が続くような造りになっているらしく、光が届く範囲には取り立てて何もなかった。
「……行ってみるか」
……何だか怪しい気もするけど。
というより……何だろう……空気が、重い。
この中、もしかして……。
「……零華さんが、いるの……?」
「え? あ、若菜っ!」
驚いた様子で制止の声を螢が上げてくれたみたいだけど、私にはそれに答える余裕はなかった。
私の手元には螢や怜さんみたいに懐中電灯はないけれど、実は夜目が利く方だからこの闇の中でも何とかなりそう。
とは言ってもぼんやりと、程度にしか見えてないけ……ど……。
「っ、何、ここ……」
青白くぼんやりとみえる視界。
それでも充分にわかる異質さに、私は思わず足を止めた。
無意識に口元に手をやった私の背後から、唐突に光が溢れる。
「若菜、ひとりで無茶は……」
「っ! な、何、これ……っ」
後ろから聞こえてきた声は二つ。
それぞれ知った男女のものだったけど、私は目の前の光景から目を逸らすことができずに振り返ることができなかった。
隣から、肩に手を置かれる。
大きなその手が誰の手かすぐにわかったから、振り向けずともその手にそっと自分の手を重ねた。
私を追ってきてくれたのは螢と怜さん。
二人は懐中電灯を持っていたから、その明かりが中を照らして……凄惨な光景が光の中照らし出された。
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