私も早くその夢をみれればいいのに。
蚊帳の外からじゃ、わかることもわかれない。
……螢を、守ることもできないのに。
「若菜? 聞いているか?」
「え、あ、ご、ごめん。何だっけ?」
「何だっけって……。まあいいか。とにかく、これを見てくれ」
「これ、って」
秋人、と著者の銘が入ったその本は、元々その夢の屋敷があった地方に伝わる童歌の歌詞を訳し、それと一緒に絵図なども載せたもの。
その本を開き、螢はその一部分を指で示した。
それを目で追い、書かれている内容に目を通す。
「生肌断ち……儀式の簡潔な内容だよね? ……え、もしかして螢……」
螢の考えを予測し慌てて顔を上げれば、螢は小さく、けれどしっかりと頷いてみせる。
何だか以心伝心って感じだけど、その内容はそんな微笑ましいものなんかじゃない。
「その刺青木というものを巫女の本体に穿てばすべて解決するんじゃないかと思う」
本体……。
確かにその夢に出てくる巫女が怨霊、霊体なのだから、その屋敷に彼女の生前の体があるだろうとは考えられなくない。
でも。
「本当に、それでいいの?」
「若菜?」
「ごめん。うまく言えない。言えないけど、でも、それで本当にすべて収まるって思えなくて……」
当事者にすらなれていない私が何を言っているんだろう。
こんなのきっと、螢を困らせてしまうだけ。
でも、それでも。
「嫌な予感がするの。何だか、螢が離れていってしまいそうな……」
怖い、怖い怖い怖い怖い。
嫌だ、駄目。
他人より霊感が強いせいか、私の予感にも似た感覚は、あまり思い過ごしになった例(ためし)がない。
……優雨のことだって、そう。
沸き上がる恐怖や不安、焦燥の根源は、螢を失うかもしれないという感覚。
確証も何もないのに私の体中を支配するその思いに、私は縋るように螢の服の端を握った。
「……螢、お願い。それを試すのはもう少し待って。せめて怜さんの話を聞いてからにして」
本当は私がその夢をみられるようになってからにして欲しいのだけど、悔しくもいつになるかわからないそれを待てるだけの時間が残されているかとて定かじゃない。
……澪ちゃん、今ではまったく起きてくれないほどだから。
だからせめて、怜さんの話を聞いてからにして欲しい。
同じ夢をみる怜さんなら、きっと何かしら感じるものや、私たちが得たものとは別の情報を持っているだろうから。
強く願い見上げる私を見つめ返し、螢がそっと私の手を掬い上げ包み込む。
温もりが、暖かかった。
「……わかった。若菜がそう言うならそうしよう。とにかくまずは優雨の家に行かないとな」
「螢……」
ありがとう。
信じてくれて、聞き入れてくれて。
私の目を見てはっきり告げてくれた螢に安堵しながらお礼を紡げば、螢は僅かに微笑し頷いてくれた。
うん、とにかくまずは怜さんに会わないと、ね。
はたと我に返った螢が慌てた様子で私の手を離したことに子供かと内心突っ込み、けれどそんな彼を愛しく思いながら。
守りたい、と。
改めて強く思った。
七・了
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