眠りの家について調査を進めていた私と螢は、地図にも載っていない廃村と、その奥に建つ一際大きな屋敷を見つけ出した。
寂れて随分経つのだろう、かつての面影は遺しつつも傷付き歪み所々壊れて埃の積もった屋内は、埃臭く黴臭い。
足を踏み出す度に上がる床からの軋む悲鳴に私達は慎重に中を見て回った。
……ここが眠りの家の元になった家……というのも語弊があるけど、とにかくそういう家なのに、思ったよりも空気が澱んでいないことに驚く。
もちろん、霊的な意味で。
それはまあ場所が場所だし、嫌な気配がまったくしないわけじゃないけど、少なくとも……澪ちゃんや繭ちゃんの気配は感じられない。
……夢と現実のリンクが、場所には成されないのだろうか。
対象者には成されるのに。
とにかく。
私も螢もお互いに気付いたことを伝え合いながら屋敷の中の調べを進めた。
四 「射影機」
「若菜、足元に気を付けろよ」
「うん、ありがとう、螢」
普段澪ちゃんたちからへたれだと言われ続けている螢だけど、実は頼りになることも多い。
……へたれだと言われることに納得しちゃうことも、よくあるんだけど。
とにかく、今の螢は凄く頼りに思えた。
だって、足場が悪かったりするから、私の先を歩いて安全確認をしながら進んでくれているし。
その分私は、時折取り憑こうとやってくる霊たちを密かに返り討ちにしてたりするんだけど。
螢、霊感ほとんどないから視えていないみたいだし。
……ひとりで来てたら何体か連れ帰ってたんじゃないかと少し心配になる。
私がいるからにはそうはさせないけど。
螢が先を行くその背に続きながら印を結び、胸中で呪を紡ぐ。
――オン・クロダナウ……。
仰ぐは烏枢沙摩明王。
サンスクリットでは穢れを清めるという意味の名を持ち、穢れと悪を焼き滅ぼし不浄を清浄へと転ずる神様。
私が得意とするありえないものたちに対抗する術……呪法は印と符。
本当はきちんと声に出して紡ぐべきなんだけど、あまり頻繁にしていると螢の気が散るだろうし。
威力は落ちるけど、この辺りをさ迷う霊相手くらいなら私の霊力があればあまり問題はない。
螢には調査に集中して欲しいから、彼に降りかかる火の粉は私が振り払わないと。
……今みたいに。
そうやって螢や私に害を成そうとするありえないものたちを密かに撃退しつつ進んで行くと、ふいに前を行く螢の足が止まった。
「……螢?」
どうしたの、という意味を込めて名を呼べば、螢は少しだけ歩みを進め、その先で身を屈めると何かを拾い上げる。
何だろう。
疑問に思い首を傾げる私の傍まで戻ってくると、螢は拾ったそれを私にも見せてくれた。
「若菜、これってカメラ……だよな? 何でこんなところに……」
「! ……これ」
不思議がる螢とは対照に、私は彼が手にするそれに思わず目を見開く。
四角い箱型のそれは古めかしくも正しくカメラに違いはなくて……。
「若菜?」
今度は螢が私の名を呼び、問う。
それは……そのカメラは……。
「……射影機」
「シャエイキ?」
どうして。
どうしてこれが、こんなところに。
戸惑い困惑する私は、怪訝そうに射影機を見つめる螢へと、おそらく最善であろうそのカメラの処置の方法を口にする。
「螢、それ……優雨に届けよう。優雨に調べてもらうのが一番良い」
「優雨に?」
「うん、詳しい話は帰りながらするから……一旦帰ろう?」
告げる私の眼差しが真剣そのものであったからか、螢は何も言わず何も問わず、私の言葉を汲んでくれた。
射影機相手なら私よりも麻生の名と血を継ぐ優雨の方が的確な判断を下し、情報を引き出せるはず。
……最近色々あってなかなか連絡を取れずにいるけど、優雨、元気かな。
螢と一緒に屋敷を後にしながら、私の思考は様々に揺れていた。
四・了
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