聖者と魅惑
「お前、またなんか活躍したみてえだな」
……活躍?
何のことだと思い返すが、思い当たる行動をした覚えはない。それなのにそんなことを言われるような心当たりといえば、先程の桐条からの言葉だろうか。あれは社交辞令に近いと思うのだが。
「……別に何も」
したつもりはない。正直にそう告げたのだが、伊織から返るのは疑念に満ちた表情と……より鋭さを増した眼差しだった。
「ホントか……? ま、今更いっけど」
いい、という態度にはとても思えないのだが。
そんな因縁を付けられる謂われもない梓董にしてみれば迷惑極まりない言いがかりでしかない伊織の突っかかりようは、呆れと面倒さから溜息を吐くしかない。が、それで余計に油を注いでも面倒なので、もちろん実際に息を吐くことはしなかった。
「ちょっと、なにツッかかってんの? もしかして、悔しいワケ?」
……頼むから空気を読んで欲しい、切実に。
あえて梓董が注がなかった油を見事注いでくれた岳羽に、軽く頭痛を覚える。それに対する伊織の反応など目に見えたもので。
「うっせえなっ!!」
いつもチャラチャラしているといった点からは意外にも。しかも女子に対してという点が余計にその意外性を助長するが、とにかく。伊織は力の限りそう叫ぶと苛立ちも露に一人でさっさと立ち去っていってしまった。
「なんなの、もう……」
怒鳴られたまま後に残された岳羽が茫然と呟くが、彼女は少しタイミングとか空気とかそういったものを考えればいいのではないかと思う。まだ付き合い浅いが、彼女は自分しか見えていない……いや、自分のことだけで手一杯なのかもしれないが、そういった傾向にあるように感じる。
……まあ今回の伊織の件に関してなら、図星を指されると怒ってしまう傾向は誰しにもあるものなのだから誰が悪いとも言えないだろうが。
とにかく、今日はもうこれ以上疲れたくはない。岳羽と山岸が去り行くその背を見送りながら今度こそ息を吐き、梓董もゆっくりと寮への帰路へとついた。
そんな皆を、人影が三つ見下ろしていたことに、誰一人として気付かずに……。
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