聖者と魅惑
「山岸、アナライズを頼む。……精神攻撃をしてくるなら、イルと岳羽には状態異常の対応を。真田先輩と伊織は俺と一緒に攻撃に回ってもらう」
おそらくこういった時でなければこれほど喋る梓董はなかなか見られないことだろう。などと感慨に耽る暇などなく、とにかく皆その指示に従い動き出す。
「とりあえず防御を下げるぞ! ポリデュークス!」
「おっし、オレの出番だな! 来い、ヘルメス! アサルトダイブっ!」
真っ先に攻撃が通りやすくなるよう、真田が敵の防御力をラクンダで下げてくれたのを見計らい、続け様に伊織が攻撃に移る。遅れぬよう、梓董も攻撃に参加するが、当然敵もただダメージを受けているにあらず。
予想通りというべきか、マリンカリンや魅力を追加効果とする矢を放ってくる。
「イオ!」
「ナルキッソス!」
「チャームディ!」
状態異常も体力の回復も、後方支援に回ってくれている岳羽とイルがいれば何の問題もなく。安定した支援を受けられる状況下では特に苦戦を強いられることもなかったため、無事敵シャドウを倒すに至れた。
魅了をすることに執心していたのか、攻撃らしい攻撃をされなかったことも勝利を得た要因の一つだろう。
「ふう、倒せたみたいだね」
「今度こそ帰れるんだよな?」
二体目の大型シャドウも倒すことができ息を吐く岳羽に、伊織がどこか不安そうに呟く。まあさっきの今だから不安になるのも頷けるので、梓董はすぐに身を翻し入り口の扉へと手をかけた。
「……開く。帰るぞ」
今度こそ終わった、と、背中で告げた……かは不明だが、小さく呟くなりさっさと外へ出て行ってしまった梓董を、ここに入ってきた時同様皆は慌てて追いかけた。
「お疲れ様でした」
出迎えてくれた山岸に労いの言葉をかけられ、これで本当に今回の討伐が終了したのだと実感する。
「上出来だ。トリッキーな敵だったが、助かった」
「ありがとうございますっ」
山岸と向き合い微笑し告げられた桐条の言葉。その労いと感謝とに、そういえば山岸が最初からずっと大型シャドウの討伐に参加したのは今回が初めてだったと思い至った。
桐条は次いで、そんな思考を何とはなしに巡らせていた梓董へと向き直る。
「それと君もな。よく惑わされず、立て直した」
「……はあ」
褒められるようなことをした覚えはないが。……リーダーという任を与えられている故の代表して渡される言葉なのかもしれない。
まあ、否定する必要もないし、挨拶のようなものだろうと捉え、軽く流しておくことにする。
問題は。
「……さて。後はイルだな」
ふっ、と。笑んだ桐条の表情が、気のせいか心なし冷たい空気を孕んで見える気がした。
と、いうより、明らかに目が笑っていない。
名指されたわけではないのに何故か真田が身震いしていたが、もちろん当人であるイルの肩も跳ねているし、顔色も悪くなったように見える。
「今回はここで解散とする。さあ、イル、行こうか」
淡々と告げる桐条に、その言葉の温度のなさに、イルはただただ頷くことしかできないらしい。連れられていく背が可哀想なほど怯えてみえたが、これで少しでも彼女が自分の行動の無茶ぶりを理解し自制してくれたらと、そうも思った。
……無理だろうが。
とにかく、桐条も心配してくれたということなのだろう、その分絞られてくればいい、と。真田の時とは対照的にあっさり見送った梓董からやや離れた場所で、何やら山岸と岳羽とが小声で話し合っていた。
真田も既に歩み去ってしまったし、残ったのはその二人と伊織だけ。
二人の内緒話にも興味はないし、梓董もさっさと帰路につくかと思ったその時。丁度、岳羽達の話も終わったようだ。
「よーし、私たちも戻りましょ? ほら順平、何してんの、行くわよ」
先程までの山岸との会話などなかったかのように明るく告げる岳羽。そんな彼女の言葉により、ここでようやく気が付いた。
先程からずっと、伊織が黙り込んでいたことに。
まあそれすらも梓董にとっては興味のないことではあるのだが、岳羽に声をかけられたことが何かのきっかけになったらしく、伊織は梓董へと歩み寄るとどことなく険しい表情で視線を向けてくる。
……いや、その鋭さからして睨まれていると捉えた方が正しそうだ。
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