聖者と魅惑



「……え……あれ……私……」


出てくるなりきょとんと目を瞬かせ、まるで今意識が戻ったとばかりに戸惑いがちに周囲を見渡した岳羽は、次いでようやく自身の姿に気付いたらしく顔を真っ赤に染め上げる。


「え……ええッ!?」
「……あの、早く着替えてきた方が」
「わ、わかってるッ!!」


何から突っ込めばいいのやら。とにかく今真っ先に成すべきだろうことを告げたイルに、岳羽は叫ぶように素早く返しすぐさまバスルームへと戻っていく。直後から何やら騒がしい独り言が聞こえてきたが、聞こえないフリをした。

……お互いのために。


「戒凪、役得?」
「は?」


何だ、唐突に、と。何を思ってか突然そんなことを言い出したイルに問うような眼差しを向ければ、彼女はきょとんと小首を傾げてみせた。


「いや、男の子だし、嬉しいものかなと」
「……伊織を基準にするな」


そんなことは人によるだろうし、相手にもよると思う。まあ健全な男子高校生とするなら伊織の方が当てはまりそうな気もするが。

とにかく梓董にしてみれば、岳羽の件には何の感慨もない。だからこその返答に、そっか、と小さく笑ったイルは、そこで思い出した様子で声を上げた。


「あ! そうだ、山岸さんに連絡しないと! 山岸さん、戒凪達、見つかったよ!」
「本当!? 良かった……」


イルが通信を繋いですぐ。山岸からの安堵の声が届いてくる。それから一息置き、冷静さを取り戻した彼女から、フォローが遅れてごめんなさいと謝罪が入った。

どうやらシャドウによる精神攻撃のせいで呼びかけが届かない状態に陥ってしまっていたらしい。知らぬ内の場所移動もシャドウの仕業とのことで、お蔭で真田と伊織とは分断されてしまったようだ。

ちなみに通信が途絶えた途端に飛び出したらしいイルは現状にあるように、無事梓董との合流を果たせている。


「シャドウの力はこの建物全体に及んでいるようです。本体はさっきの部屋にあるんですが……、入り口に結界が張られており、今のままでは手出しできません」


結界……。
山岸の報告に隠す気もなく面倒だと息を吐く梓董に、すぐさま声をかけたのはイル。彼女は名案を思い付いたとばかりに笑みを浮かべ、声を張る。


「あ、じゃああたしがその結界、解いてくる! 戒凪は岳羽さんと一緒に真田先輩達と合流してて」
「……単独行動は危険だ」
「だいじょうぶだよ、あたしなら。ちゃんと解いてくるからさ」
「そういう意味じゃ……」


何故伝わらない。
心配しているのは結界が解けるか否かではないというのに。

とにかく一人で行動することに許可はできない。そうはっきり告げようにも、イルは勝手にさっさと走り出し。


「じゃ、また後でね!」


軽快に、部屋の外へと出て行ってしまった。
思わず軽く頭痛を覚える。

本当ならすぐにでも追いかけたいところだが、生憎まだ岳羽が出てきておらず。冷静に判断すれば、戦力的にも精神的にも一人にして不安なのは岳羽の方。

梓董を必要以上に守ろうとしなければ、イルの能力は誰よりも頼りになるのだ。ペルソナを変えられるということは、それだけで相当な強味になるのだから。

追いかけたい、と思う感情を理性で押し留めた梓董は、岳羽が出てくるのを待ち、それからとりあえず他の二人との合流を急いだ。










シャドウからの精神攻撃。

最近の無気力症は男女二人一組で発見されるという話。

あの声が執拗に語りかけてきた、快楽と享楽。

……そして。

残った突入メンバー、真田と伊織。



…………。



いや、あえて突っ込まないでおこう、お互いのために。




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