聖者と魅惑



「あたし、前回も傍にいられなかったから……。できれば本当は、傍にいたい」


きっぱりと。
告げる彼女はなんて真っ直ぐで揺るぎないのか。

自分の想いを真っ直ぐに見据え、そこに逸れない彼女の言動は、今の梓董には酷く眩しく思える。同時に、それが自分に向けられているものだとはっきりと伝うから、何だか少し、気持ちが暖かくなるようなそんな気もした。

……嬉しい、のかもしれない。

だからこそ、今回の決定に若干申し訳なさも抱くのだが。


「……頼りにならないわけじゃない。次はメンバーに入ってもらう」


今回のような舞台はそうそう用意されないだろうと踏み、告げる。場所さえこんな場所でなければ、本当は今回もメンバーとして参加して欲しかったくらいだ。
次の約束は、確約しても問題ないだろう。

そう判断し告げる梓董に、イルは寂しさと嬉しさが混じったような小さな笑みを浮かべ、うん、と静かに頷いた。


「約束、だから。次は絶対連れて行ってね。それと……」


並んで走りながら向けられる、真っ直ぐなアオイ瞳。

揺るがない、眼差し。


「気を付けてね」


怪我、なるべくしないで。

願う彼女に頷いて、梓董は辿り着いたホテルへと、突入メンバーに決めた三人と共に踏み行った。










「ふう、片付いたな」


ホテルの三階で皆を待ち受けていたのは、法皇タイプの大型シャドウ。雷属性の魔法を使用してきた敵は、雷に弱いペルソナを持つ岳羽さえ庇えれば、さして苦労もせずに倒すことができ。雷に耐性のあるペルソナを持つ真田がいてくれたことも、勝利への大きな貢献となった。


「なんか場所の割にはマトモなヤツだったね」


一息吐く伊織に倣い、岳羽もシャドウが消えた部屋の中央部を見やりながら小さく息を吐く。シャドウにまともも何もないだろうと思うのは、果たして梓董だけだろうか。
まあそんなことはどうでもいいのであえて口にすることでもないのだが。

とにかく、片が付いたことは事実なので早々に帰還することにする。

……きっと、イルも心配していることだろう。

自然と真っ先に彼女を思い描いたことに自分でも気付かないまま、すっかり気を抜き談笑を始めた岳羽と伊織の会話を耳にしながら、さっさと帰ろうと入口の扉に手をかけた。

が。


「……? 開かない……」


どういうわけか、扉が全く動かない。どれほど力を込めようと、まるで見えない力に押さえ込まれているかのように目の前の扉は微動だにしなかった。


「どういうことだ?」


訝しみ、梓董と交代して扉を開けようと試みた真田が、同じ結果を得て眉根を寄せる。

ここを占拠していたはずの大型シャドウは倒したというのに、一体何故。戸惑いと困惑がじわりじわりと場に広がる中、山岸から焦燥に駆られた声音での通信が入った。


「……! そんな……なぜ? 部屋にまだシャドウの反応があります! さっき倒したのとは別のシャドウです! どこ……どこにいるの?」


別のシャドウ?

今回もまた、二体で出現していたということだろうか。そう思い周囲を見渡してみるも、その影も形も部屋の中には見当たらず。


「別のシャドウ、って……どこにいるわけ?」
「とにかく探してみるぞ」


戸惑いを露に呟く岳羽と、すぐさま動き出す真田。シャドウが隠れられそうな場所など、この部屋のどこにもなさそうだが……。

真田の言葉に従い、部屋の中を見て回る。さほど広くもない、というよりもぐるりと内部を一望することも可能なそこで、改めて見て回れる場所などありもしない気もするが……。

と、梓董がふと違和感を覚えたのは、そこに来てからのことだった。
足を止め、見据えた先にあるそれは、等身大の大きな姿見。

鏡、だ。


「どうかした?」


動きを止めた梓董に気付いたのだろう、岳羽が駆け寄り首を傾げる。同時に彼の視線が向く方へと自身の視線も移ろわせ、そして目を瞬かせた。


「あれ……この鏡、何か変じゃない?」
「ああ、この鏡……」


そう、岳羽の言葉は正しい。何故ならこの鏡は、本来の鏡としての役割を全く果たしていないのだから。

それを告げようと口を開きながら鏡に手を伸ばした梓董の、すらりと細いその指先が鏡へと触れたその瞬間。



辺りを、眩い光が支配した。








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