再来、再逢
「……練習試合?」
唐突に聞かされたその報せにきょとんと小首を傾げ問い返せば。そう、と小さく頷いて返す、その話を梓董へと持ってきた人物。梓董が所属する剣道部のマネージャー、西脇結子。
「明王杯までにやっておきたいって申し入れが来てたの。ま、経験積めるし、こっちとしても大歓迎なんだけどね」
にっこりと笑みを刻む西脇は、心底からマネージャー気質にあるようで。偽りなく部のことを考え嬉々と表情を輝かせる様は、まさにマネージャーの鑑と呼べるものだろう。
とりあえず断る理由も意味もないため了承の意を返した梓董は、しかしそこにきて初めてはたと気が付いた。
「……ところで、明王杯って……何?」
《07/04 再来、再逢》
明王杯とは要するに剣道の大会のこと、らしい。
元より周囲への関心が希薄な梓董は、他人と競い合うことにさして興味もなく。部全体で出場が決定している以上、無意味に抗うこともしないが、いつも以上に熱を入れて取り組む気もなかった。
つまるところ、何があろうと平常通り、だ。
授業も終わり、言われた通り練習試合を行うためいつもの更衣室に向かい胴着に着替える。面と竹刀を手に体育館へと踏み入れば、既に熱意ある数名が自主練習を開始していたらしく、なかなかの熱気が出迎えてくれた。
暑苦しいのはそれだけ皆にやる気が溢れている証拠。その中に、自身は足を痛め竹刀を握れないながらも応援に精を入れる宮本の姿も認め、何となく納得する。
見慣れない生徒達も多いようだが、早くも対戦校が到着済みということか。行動が早い、というよりも早すぎやしないか。授業を受けずに来たのではないかと思わずにはいられない。
まあ、そんなことは梓董にとってどうでもいいことだったが。
「あ、来た来た! 梓董くん!」
呼びかけられて振り向けば、体育館の端からこちらへと大きく手を振る西脇の姿が目に入る。呼びかけられた以上、とりあえず彼女の元へと向かってみれば、その影に隠れるように一人の少女が立っていたことに気が付いた。
いや、多分隠れているつもりは本人にはないのだろう。小柄故に、隠れてしまって見えただけで。
「今日の対戦校の話、してなかったよね。早瀬っていう凄く強い選手がいることで有名なとこなんだけど……」
梓董が傍まで来たことで説明を開始した西脇だが、その語尾は徐々に沈んでゆく。どうした、と梓董が問うよりも早く、その後を慌てて継いだのは西脇と共にいた少女。彼女は慌てながらも申し訳なさそうに眉尻を下げ、手にしていたノートを胸元で抱え込む。
「あ、あの、すみません……。早瀬はちょっと都合があって来れなくて……」
「ああ、うん、そんな気にしないで! 入峰さんが悪いわけじゃないんだしさ!」
沈んだ声音で消え入りそうに謝る少女に、今度は西脇の方が慌てた。すぐに少女の肩に手をやり宥める西脇に、少女はもう一度すみません、と小さく呟く。
その光景を他人事のように眺めていた梓董は、ここにきてようやく気付いた。
この少女、見覚えがある、と。
黒髪を肩辺りまで伸ばした、いかにも大人しそうなこの少女。着ている服こそ他校のジャージだが、そうだ、この少女は。
「……あの時の……」
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