逢瀬にも似た
緩やかに、緩やかに。
満ち満ちてゆく金の円。
暗い闇に青白い輝きをもって浮かぶ大きなそれを、ただ静かに見上げる影が一つ。仄かな光を浴びてぼんやりと映し出されるそれは、どこまでも白い小さな影。
すぐ傍まで近付いても振り向きもしないその影の主に、少年は躊躇うことなく微笑し、声をかけた。
「こんばんは。今夜はここにいたんだ?」
その声に振り向いた影は、しかし今少年に気付いたといった様子ではなく。その証拠に、アオイ瞳は微塵も揺るぎなく、ただ柔らかな光を宿して緩く細められるのみ。
そこには惑いも困惑も、一切なかった。
「いつもお邪魔してたら迷惑だろうからね。……ここにいても、会いに来てくれるかなって思った」
嬉しそうに、愛おしそうに。微笑むその影の銀糸の髪が、月光を浴びてきらきらと輝いていた。
《06/30 逢瀬にも似た》
月明かり照らす闇の下、寮の屋上の端に並んで座り、ファルロスはイルと共に空を仰ぐ。まるで自ら輝いているのではないかと錯覚させるほどに煌々と青白く照る月は、気味が悪いほど大きい。
それをファルロスも不気味に思うかと言えばそうではないが。
「次の満月まであと一週間ってところ?」
ふいに問われ、ファルロスは上方に向けていた視線を右方へと移す。いつの間にかこちらへと向いていたアオと目が合い、それに小さく微笑した。
「そう。さっき彼にも伝えてきたよ。どうでもいいから寝かせろって言われちゃったけど」
「あはは、戒凪らしいね」
軽く肩を竦めてみせれば、イルは楽しそうに笑い。その笑顔が何となく嬉しいような気がして、つられるようにファルロスも改めて笑みを浮かべ直した。
「彼っていつも淡白だけど、驚いたりとかしないのかな」
何気ない言葉。
本当に気になったからというよりも、ただふと思い付いたから口をついたといったようなそんな疑問。
それにイルはきょとんと目を瞬かせ、それからしばし黙し記憶を手繰る。
そう言えば確かに普段、目に見えて驚いてみせるようなことはないかもしれない。というよりも、大きな感情の起伏に乏しいというべきか。
まあ多少なら動きもあるが。
「うーん。戒凪ってポーカーフェイス、だからね」
それはイコール心根も冷たいとか、そういうことではなく。
どうでもいい、と、周囲を隔絶しているように見せて、本来はとても優しくまた気遣いにも長ける彼だということをイルは知っている。そしてそれは多分、ファルロスも。
時折厳しい部分も見せたりするし……いや、あれはイルの頭の出来の問題だろうが、物事に積極的ではない性分は根からのものだろうが、それでも伝わり難くとも、わかり難くとも、彼は多くの人を支え、また惹きつけてやまないのだろう。
目に見えるものだけが全てでは決してない。
「少しだけ、見てみたい気がするな。彼の驚いた顔」
「あはは。さり気に難題だなあ」
「ふふ、そうだね」
二人揃ってどこまで本気かわからないような言葉を交わし、けれど浮かべた笑みは共に心から楽しそうで。暗闇が支配し、月明かりだけが光となる薄暗い世界で、ここだけはほんのりと柔らかな空気を纏っていた。
しかしその空気も少しして静かに破られる。
その空気を形成する一手を担う、少年が立ち上がったことで。
「さて。そろそろ行かないと。また会おうね、イル」
にこり。微笑み交わす内心は互いに僅か名残惜しいが、それでもこれは別離などではない。
再会は、訪れる。
必ず。
わかっているからこそ、二人は共に笑みを崩さない。
「うん、またね、ファルロス」
小さく手を振るイルに見送られるように。小さな青い少年は、静かに、緩やかに。
闇へと、溶けた。
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