遭遇、接触



さて、今日はどこへ向かおうか。

今日も一日だらだらと授業を受け、時間の流れるままに迎えた放課後。この後の予定をどうするか考えながら、梓董はとりあえず玄関まで向かうことにする。
署名も順調だし、古本屋に一度顔を出してみるのもいいかもしれないが、それならイルを伴って行った方がいいと思われた。

そのイルはといえば、今日は生憎友人らと遊びに行くと昼休みからはりきっていて。彼女に予定があるなら古本屋へはまた今度訪れることにしよう。
そんなことを考えながら上履きから靴に履き替え校舎を後にする。

と、もう見慣れた玄関先に、見慣れぬ姿がぽつんと一つ影を落としていることに気が付き。普段ならば気にもしないそれを、梓董は珍しく意識の内に入れていた。










《06/23 遭遇、接触》










玄関前に挙動不審な人物がいる。

おそらくその存在を知覚した者なら第一にそう思うことだろう。せめてその人物がこの学園の制服を身に纏っていたならば、それほどの好奇は浴びなかったはずではあるが。

通り行く生徒達から奇異なものを見るような視線を集めるその人物は、どこか別の学校の制服を着ているためにそういった視線に晒されているように思えた。どこの制服かは生憎梓董にはわからないことだったが、傍目にも何か困っているようだということは見て取れる。その上で更に視線を集めてしまっているのだから、居心地が悪そうなことこの上ない。

どうでもいい、を地でゆく梓董ならばそんな光景にも我関せずを貫こうとまあ不思議ではないのだが。僅か置き、その足が向かった先は意外にも他校の生徒らしきその人物のいる方向。
小柄で大人しそうな、黒髪を肩辺りまで伸ばした少女が一人立つ、その場所だった。


「……どうかした?」


軽く問えば、大袈裟なほどに跳ね上がる少女の肩。そこまで驚かれるようなことをしたつもりはない梓董にしてみればその態度は心外ものだっただろうが、彼は特に気にすることもなくただ答えが返るのを待つ。
戸惑うように緩々と顔を上げた少女は、梓董と目が合うなり慌てた様子で視線を落とした。

どうやら纏っている雰囲気に違わず内気な少女のようだ。
そう思いながら、梓董の内にふと小さな疑問が引っかかる。

この少女、どこかで見たことがあるような気がしたのだ。

安っぽいナンパの台詞でもあるまいし、確信も持てないのに問うような真似はしないが、梓董が内心で記憶を手繰っている間に少女は躊躇っている様子ながらも小さく口を開いた。


「あ、あの……職員室はどちらですか?」


震える声は怯えて、というよりも単に人見知りをしての緊張からきているのだろう。少女の言葉に意識を引き戻された梓董は、考えごとをしていた素振りなど見せることもなく、ああ、と小さく呟いた。


「それならこの玄関入って左の廊下」
「あ、ありがとうございます!」


教えれば少女はあからさまに安堵し、ようやく力が抜けたらしく小さく笑みを浮かべて頭を下げる。

その笑みが誰かと重なったような気がしたが、しかしそれもまた確信を得る前に靄がかかってしまった。

歯に詰め物が挟まったかのような、何とも歯痒い感覚。はっきりと形を持たないそれに、梓董は内心で息を吐いた。

記憶力にはそれなりに自信があるというのに。

そんな梓董の内心を知らない、けれど本人の知らないところで梓董のもやもやを作る元凶となってしまった少女は、知らないが故にもう一度梓董に礼を告げ頭を下げると、失礼しますと校舎の方へと駆けていってしまった。おそらく、というよりもまず間違いなく職員室へ向かったのだろう。

もちろん彼女には何の非もないため、梓董は走り去る彼女の背をただ見送り。彼女が校舎に入っていく姿を見届けきるより早く、先程までの思考を「どうでもいい」に押し込めて、自身も再び歩き出すのだった。









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