小さな我が儘=可愛い我が儘?
「イルの夕食?」
まあ別にどんな夕食を食べていようとも好きずきだし口を挟むつもりはないので、ただ純粋に問いかけてみただけ、それだけなのだが。
返る答えは予想に反して否で。
これはどうやら自分のために焼いたものではないらしい。
「んー。これは差し入れ。真田先輩に届けようと思って」
「……真田先輩に?」
「そう。この間小豆あらいに連れて行ってもらったから、そのお礼」
知らぬ間に知らぬところでどうやら親交が育まれているようだ。
別にイルが誰と仲良くしようが関係ないはずなのに、ふと胸の奥で芽吹いてしまうこの感情は何なのか。
それを表に出さぬよう、抑えるように黙り込んだ梓董に、しかしイルが気付くことはなく、彼女はいつもと変わらぬ様子でただきょとんと首を傾げた。
「戒凪も食べる?」
これを届けてきたら焼こうか、とそう問うイルに平静に返せたなら良かったのに、と、自分の中の冷静な部分が息を吐くが、実際にはそんなに大人にはなれなくて。
けれどそれでも八つ当たりだけはしないよう、何とか気持ちに折り合いをつける。
イルは何も悪くないのだから。
「……プリン」
「へ?」
「俺、プリンが食べたい」
なんて子供じみた我が儘。
格好悪いことは百も承知で、だけど多分きっと、イルは嫌がったりなどしない、と。どこか確信的にそう思った。
そしてそれはやはり案の定というべきか、イルは嫌悪など欠片も抱いた様子もなく、ただただ戸惑い露に狼狽えだす。
「ぷ、プリン? えーと材料あったかな……?」
あれこれと口に乗せる材料を記憶と重ね、その内のいずれかが欠けてしまっているのか彼女は困り果てた様子で眉尻を下げた。
元の責任は己にあるが、失礼にもその様子は少しおかしく。梓董は彼にしては珍しく小さく吹き出すと、カウンターに肘を乗せ上体を僅か下げ、見上げるようにイルを見つめた。
「いいよ。……コンビニ、付き合ってくれれば」
弧を描く口元が仄かに妖艶さを醸し出していることを、果たして本人は自覚しているのか否か。
女性顔負けのその表情に、いくら鈍いイルだとて顔に思わず朱を射してしまう。反則だ、という呟きには、梓董が首を傾げる方だった。
「うん、行く。じゃ、ちょっと待っててね。先にこれ、真田先輩に届けてくるから」
言うが早いか今は自室にいるだろう真田の元へと向かうイルの背を見送って。
ああ、子供みたいだ、と再認識する。
なんて自分本位な我が儘だろう、と。自覚し浮かぶ苦笑の中に。
確かに気付いたそれは。
……小さな、独占欲だった。
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