思考はそれぞれ、嗜好もそれぞれ
彼女に心配をかけるためにここに来たわけではないというのに、本当に思うようには事が運ばない。
真田は彼女の心配に大丈夫だと答え、それから僅かに羞恥を覚えつつも彼女を納得させるため、ここに来た理由についてを口にする。
「……女は、甘いものが好きなんだろ?」
「へ?」
きょとん。
再度目を瞬かせるイルは、真田が言っている言葉の意味がわかっていないというようで。まさか……というよりもある意味予想通りではあるが、偽情報を掴まされたのではないかと危うく伊織を恨みかけたその直前。
イルの表情が、柔らかく変ずる。
「あたしに気を遣ってくれたんですね。ありがとうございます」
ふわりと微笑む目の前の少女にしばし言葉を失い。
すぐさまはたと我に返った真田は、慌てて強く首を振った。
顔が熱いと、自覚はできていない。
「い、いや。この間は俺に付き合わせたからな。甘いものなら好きなんじゃないかと思ったんだが……」
「好きですよ。クッキーやケーキや和菓子とか色々。ラーメンも好きですしそんなに気を遣わないで下さい。あ、そうだ。今度今日のお礼にホットケーキ作りますね!」
「作るって……ああそうか、お前は料理ができるんだったな」
「まあそれなりにですけど」
それなりにと本人は言うが、真田にすれば普通に食べられるものが作れるだけで充分料理ができるというレベルで通るのではないかと思える。
先日、寮に帰宅した真田を出迎えた甘さ控えめのシフォンケーキの味を思い返し、気は早いがホットケーキも安心して楽しみにできるなと密かに思った。まあ、お礼をされるようなことをした覚えはないのだが、せっかくそう言ってくれたのだ、厚意に甘えさせてもらおう。
口にしたら本格的にホットケーキが食べたくなってしまったことだし。
「楽しみにしてる」
そのためにもまずはこれから運ばれてくる甘味と格闘し、制覇せねば。
一度きっかけを得られれば、自然と普通にいつも通りの会話も交わせるようになり。
ずっと抱いていた妙な緊張感がいつの間にやら消えていたことに気付かないまま、緩やかに、時折騒々しく流れ行くこの時を、真田はイルと共に過ごすのだった。
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