一足早く



楽しそうに力を込めて歌うイルに西脇が突っ込むが、当の本人は気にもせず。拳すら握って力の限りに熱唱し続けた。



時価ネット田中のテーマを。




「なるほど。今はこういった歌が流行っているのか」
「え、あの……流行ってないですよ、全然」
「! そ、そうか……。私が疎いものだとばかり思っていたが……」


違うのか、と、眉根を寄せて悩む桐条に、そこまで深く考えるようなことでもないんだけどなあと、突っ込むに突っ込めない西脇がもどかしさを感じる。

常人離れしていると認識はしていたが、まさか一般的な認識も違うのだろうか。
西脇が桐条との接し方に悩んでいる内にイルの歌も終わり、結局突っ込みを入れただけで歌自体は全く聴いていなかったのだが、それはともかく。次いでマイクを渡されたのはまさかの桐条だった。


「イル、私は……」
「カラオケに来たからには歌うのがマナーです」
「そ、そうなのか……?」


マイクを眼前に突き付けられ戸惑う桐条に、ここぞとばかりに言い切るイル。
そんなマナーが本当にあるか否かは別として、それだけ自信満々に言われてしまえばそういうものかと思わされてしまうもので。

歌が苦手なら聴き手に回るという手もあるだろうに、そういうわけではないのかはたまた単に律儀な性格なだけなのか、桐条は躊躇いがちにながらもイルからマイクを受け取る。

が。


「イル。その……これはどうやって曲を流せばいい?」


衝撃。
まさかお嬢様ともなればカラオケになど足を運んだりしないのだろうか。目を丸くして驚く西脇と岩崎に、桐条は居心地悪そうに視線を落とした。


「す、すまない。何分、こうして同年代の者達と遊ぶような機会がなくてだな……」


金持ちのご令嬢だとか、才色兼備の頭脳明晰だとか。そういった色眼鏡を勝手に押し付けてしまっているのは、周囲の者達の方ではないのか。

おそらく桐条には桐条の苦労や辛苦があったことだろう……それを本人がどう捉えているかまではわからないが。

とにかく。そうそうすぐに打ち解けることはさすがに無理でも、少しずつわかり合えることは可能で。
ついでに言えばそれをする前から偏見のみで敬遠し続けるような性格にはないのが西脇と岩崎という少女達。

確かにイルの介入がなければこうして桐条と関わりを持つことなどなかっただろうが、今はもう縁が結ばれたことも事実。
西脇と岩崎は互いに顔を見合わせ苦笑を一つ交わし。イルからマイクを受け取ったもののどうしていいかわからず困り果てている桐条へと視線を移す。

こんな桐条の姿、知る者はそうそういないのではないかと、そう思いながら。


「じゃあ、とりあえず歌いたい曲を言ってください。検索の方法、教えますから」
「歌いたい曲……。私は今時の歌はよくわからないのだが」
「うーん。今時じゃなくても結構揃ってたりしますよ」
「そうか。なら……」


西脇が曲を入力するための機械を片手に桐条に操作方法を教え。それを岩崎も一緒にサポートする。

まさか桐条に物を教える日がこようとは西脇も岩崎も夢にも思っていなかっただろうが、二人はそんな素振りも見せることなく、きちんと正面から桐条と向き合っていた。

それは端から見れば紛うことなく普通の女の子の友達同士。

……会話の内容まで聞いてしまうと、さすがに若干ぎこちなかったりするのだが。まあそれは時が追々解決してくれることだろう。

それを狙っての今回の誘いだったかは不明だが、楽しそうに笑うイルの姿を目に、桐条はたまにはこういうのもいいか、と。

再び静かに思うのだった。










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