一足早く



「ありがとうございます。でもそれならせめてお礼をさせてもらえませんか? 言葉だけじゃなくて、カタチで。心配をかけて申し訳なかったなって思うのはもちろんなんですけど、心配してもらえたこと、実は凄く嬉しかったんです」


はにかむように、照れたように笑うイルの姿に、そういえば彼女は孤児だと言っていたことを思い出す。

それに対して知識として知る程度でしか認識できていないが、家族愛にも似た心配をしてもらえることは彼女にとって素直に嬉しいことなのかもしれない。
そういった愛情が不足するような生活を彼女が送ってきていたかまでは一概に言えないが。

とにかく。笑みを絶やさず桐条を見上げるイルの双眸は、その明るい笑みとは対象に、決して退かないと強い意志を見せていて。そこまで頑なに断る理由を持ち合わせているわけでもない桐条は、それでイルの気が済むのなら、と、とりあえず今回は彼女の申し出を受け入れることにした。


「……わかった。なら今日はその言葉に甘えさせてもらおう」


溜息混じりの苦笑を浮かべて。答えた言葉に必要以上に喜んでみせるイルの姿を目に。

たまにはこういうのも悪くはないのかもしれない、と。

桐条は内心で柔らかな温もりを感じていた。










そんなこんなでイルに連れられ桐条が訪れた場所はポロニアンモールにて営業中のカラオケ店。月光館学園の生徒の多くも御用達であるここに、誘い手であるイルはもちろん、何故か彼女の友人二人も同席していた。

普段自らを貫き通す割とマイウェイな桐条でも、この密室に漂う気まずい空気はさすがに感じている。

……と、思う。

何せ何故か同席しているイルの友人、西脇と岩崎両名が共に揃って明らかに気まずそうに、更に困り果てた雰囲気さえも放っているのだから。


「さて。じゃあ何歌います? 桐条先輩」
「あ、いや、私はいい。気にせず歌ってくれ」
「何言ってるんですか。それじゃ意味ないですよ! あたしの奢りですから遠慮なくどんどん歌って下さい」


結子と理緒も歌って歌ってとテンション高く煽られるも、完全に空回っていることに果たして本人は気付いているだろうか。

桐条相手に物怖じしない生徒などそうはおらず、イルのような生徒の方が珍しいわけだが、それはつまり西脇や岩崎も例にもれずというわけで。今日の予定に桐条を誘いたいと強く願ったイルに押されて同意を示すに至った結果が今ではあるが、だからと言って敬遠せずにいられるかといえばそうではなく。

二人揃って居心地が悪そうだった。

もちろん二人共決して桐条が嫌いなわけではない。
ただそう、住む世界が違うというか高嶺の花というか……正直、苦手の部類に入ってしまうだけで。それは多分イルもわかっているだろうが……。


「じゃ、あたし一番に景気付けいきまーす!」


素知らぬふりをしているのか、はたまたまさかとは思うが本当に気付いていないのか。いつもの調子を崩さないイルのテンションについていけない他三人はただただ流れに身を任せ……イルが入力した歌のイントロが流れ出した瞬間に西脇と岩崎が一気に脱力する。


「何で景気付けがこのチョイスなの!?」




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