目覚め



「何があってもあたしはキミの味方だよ。あたしはキミを守るために、ここにいるから」


ふわり。
柔らかく耳朶に届いたその声は、ゆらゆらと揺れる意識の中に、確かに響いた。














《4/17 目覚め》












目を覚ました時に見えた光景は白い天井。
ぼんやりとうまく働かない頭のままの梓董を放って、周りは当然のように時を進めていく。

目を覚ました時に傍にいた同級生の岳羽ゆかりに現状を聞いたり、何故か彼女の身の上話を聞いたり。
それから彼女が呼んできた先輩の女性から色々質問を受けたりもしたが、今は特に体調も悪くなかったため答えを紡ぐには問題なかった。


「あの」


会話に一区切りがついたところで、静かに梓董が切り出す。ん? と問い返してくれたのは、ワインレッドの髪を持つ端整な顔立ちの女性、桐条美鶴。
梓董達よりも一つ上の学年の先輩であり、同じ寮に住まう寮生でもある彼女に、梓董は変わらぬ口調で問いかけた。


「ここ、他に誰かいませんでしたか?」


声が聞こえたのだ。
凛としていて、その上酷く優しい声が。

それが女性のものだとは解ったが、目の前の桐条のものとも、岳羽のものとも違う声音だった。だからこそ他に誰かいたのかと問えば、桐条は岳羽と顔を見合わせ。
ゆっくりと、首を振る。


「……いや。君が眠っている間なら、看護師も訪れただろうが……」
「私達がいる間は、他の人なんていなかったよ」


看護師。
その可能性は確かにあった。

何せ声のことは確かに覚えていたものの、いつ聞いたものかは定かではないのだから。

ただ、それが夢ではないということだけは、何となく理解できていた。


「……とにかく、念のため検査だけは受けてもらう。問題がないようなら退院手続きをとろう。……聞きたいこともあるが、それはまた日を改めるとする」


用件だけ言い終えるとさっさと出て行ってしまった桐条に岳羽が僅か眉根を寄せるが、それも少しの間のことで、彼女はすぐに梓董へと向き直るとどこか躊躇うように視線を床へと落とす。


「あー……と。あの、訊きたいこともあると思うけど、今日はここまでにしとくね。病み上がりなんだし、無理しちゃ駄目だよ」


それじゃ、と言い残し、岳羽も病室から去っていった。慌ただしい人達だ。

そうして一人残された病室で、不意に柔らかに髪を撫でたような気がしてその感触に誘われるよう振り向けば。

開け放たれたままになっていた窓辺で、風を受けたカーテンが緩やかにはためいていた。


「……風……」


暦の上では春と言えど、それはまだ冷たさを残している。
その風を招き入れる窓から覗くそれは、深く、どこまでも澄んだ青。

青が、梓董の視線を釘付けて離さない。


「……きみは、誰?」


見上げたまま。



見知らぬ存在に小さく問いかければ。





その言葉は、静かにゆっくりと……溶けて消えた。













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