トモダチ



「……名前は?」
「え?」
「名前。友達を呼ぶのに名前を知らないんじゃ不便だろ」


イルの言葉に明確な同意を示す代わりに梓董はそれを問う。
友達になろう、と、あえて口にせずとも、その気はあると彼の言葉が語っていた。

問われた少年は一瞬きょとんと首を傾げ、しばし悩み。


「名前……そっか、名前が必要なんだね。僕の名前は……“ファルロス”。よろしくね」


それはまるでたった今思い付いたとでもいうかのような物言い。
まさか自身の名前を今考えたなどということはないだろうが……。


「ファルロス……?」


小さく。何故か驚いた様子で目を見開くイルに、梓董は思わず訝しむ。

ここまでずっと少年のことを知っているような素振りを見せていたイルが、彼の名前には戸惑った。
何故、そこに戸惑うことがあるのか。

やはりイルは少年との面識がなかったのかもしれないが、だとしても戸惑うとは妙な話だ。
知らないのならば初めから戸惑う必要などないわけで。戸惑う、ということは、少年の名前に何か引っかかることがあるからこその反応ではないのか。

しかし梓董がそれを問うよりも早く、イルはすぐに笑みを浮かべ直すと強く頷いて見せた。


「うん、ファルロス。よろしくね」


まるで先程の反応などなかったかのように。普段と全く変わらない態度を見せるものだから、見間違いでもしたのかと思わされる。

それは確かに勘違いだと言われれば納得できる程度の小さな反応だったのだ。問おうにも、そんな感覚的なものをどう問えばいいかわからないし、期も逸してしまったようにも思える。
そういう理由から、梓董が改めてイルに何を問うこともなかった。

大体、彼女の謎は今に始まったものでもなし。

そんなことを考える梓董の内心を知ってか知らずか……まあおそらく後者だろう、ファルロスはイルの言葉に嬉しそうに笑い頷いた後、するりと彼女の腕から抜け出る。


「今日はもう遅いから、帰るよ。次に会える日が、今から楽しみだ。ばいばい」


イルの手を離れ、現れた時同様暗闇の中に一人立つと、ファルロスは梓董とイル、二人に向けて笑みを浮かべ軽く手を振り。

すぅっと……闇に溶けるように、静かに音もなく消え去っていった。
後に残るのは、ただ闇ばかり。

あの少年に関してはいつものことなので、もはや特別何か感慨を抱くこともなかった。


「さってと。じゃ、あたしも帰るね。夜遅くまでごめんね、おやすみ、戒凪」


目的はやはりあの少年に会うことだったのか。
以前のことも踏まえ、梓董に気を遣ったという理由もあるだろう、イルは少年が去ると早々に自身も梓董の部屋を去る体勢に移った。梓董としてもそれを引き止める理由はないし、確かに眠気も強いため、そのまま彼女を見送ることにする。


「……おやすみ」


呟くように返せば、イルはふわりと笑みを残し、梓董の部屋を後にした。









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