トモダチ



「戒凪! 今夜は心置きなく戒凪の部屋で過ごしていい?」


帰宅して。梓董を待ち受けていたのはイルの満面の笑顔だったわけだが。その突っ込みどころの多すぎる発言に梓董はしばし沈黙。

無表情を貫き通した彼の口からやがて漏れだしたその言葉は。


「……イル、心置きなくの遣い方、間違ってない?」










《06/12 トモダチ》










楽しそうに嬉しそうに浮かべた笑みを一瞬たりとも崩さず梓董の部屋へと無事入り込んだイルは、その高揚感を隠すこともなくそれでも大人しく座していた。

そんな彼女の様子を以前にも見たことがあるような気がして記憶を手繰れば、行き着いたのはあの少年。夜中に梓董の安眠妨害に現れる、あのしましま服の少年だ。

未だにイルと少年の関係は謎だが、こんな夜中に彼女が梓董の部屋を訪れたがる理由ならそう考えれば納得がいく。
あの少年も何故だかイルに会いたがっていたようだし、本当に今夜現れるなら会えて良いではないか。

そんなことを考えながら他愛もない談笑をし、時間を潰し。いつも通りやってきた影時間。

そして。


「また一つ試練を乗り越えたね」


ふ、と。室内に満ちた闇の中に姿を現したのは、やはりというべきかあの少年で。
彼は現れると同時にそう告げると、部屋の中にこの部屋の主以外の姿を認め破顔した。


「イル!」
「わあ、やったね、また会えた!」


嬉しそうに表情を崩したのは何も少年に限ったことではなく。彼に名を呼ばれたイルの方も嬉しそうな笑みを浮かべ、少年の小さな体をぎゅっと抱きしめる。

……何故だろう。

先程までは両者共に会いたがっているのだし会えればいい、と思っていたはずなのに。

少年がイルに抱きしめられたその瞬間、僅かに胸中に苛立ちがわいた。

しかしやはりそれを表に出さないのが梓董戒凪という少年で。表面上いつもと変わりない平坦な口調で少年に本来の用件を促す。


「……で、今回の用は?」
「あ、そうそう」


梓董に促され思い出した様子で彼へと視線を戻した少年は、それでもイルの腕の中から出る気はないらしく、抱きしめられたままの状態で話を続けた。


「覚えてるかな……前に僕が言ったこと。“全てが終わる”っていう話。あれからまた、少し思い出したんだ。たぶん“終わり”は……避けて通れない」


全てが終わる?
そんな話をしただろうかと首を傾げる梓董は、冗談などではなく本当に少年の話をまともに聞いていないのだと窺える。その無関心ぶりは呆れを通り越して感嘆にも値するのではないか。
などと、そんな梓董のことをこちらも気にせず、少年はあくまで変わらぬ様子で話を続けた。

やはりこの少年、梓董との付き合い方を良く理解しているようだと言わざるを得まい。


「でもね、不思議なんだ。君を見てると、そんな事とは反対の大きな可能性を感じる。現に君の“力”……前とはだいぶ変わってきてるみたいだしね」


いまいち少年の話の全容が掴めずにいる梓董に代わり、何故か少年を抱え続けたままのイルの方が幾度も頷き同意を示す。

彼女には少年が何を言いたいかわかっているとでもいうのだろうか。
……自分のことを話しているようなのに、この疎外感は一体何だ。

まあそれはともかく、今回も今回で少年の話を軽く聞き流す梓董に、少年は僅か悩む素振りを見せ。それから妙案を思い付いたとばかりに唐突に手を叩いた。


「ねえ、よかったら、僕とトモダチになってよ。君に……ううん、君たちに、スゴく興味があるんだ……どうかな?」


梓董にしたら少年に対する興味など皆無に等しいのだが……。

ちらりと視線を移せば、案の定というべきかイルが嬉しそうに目を輝かせていた。


「もっちろん! ね、戒凪!」


輝かんばかりの眼差しをもって見つめてくる期待に満ちたイルの視線。さすがにこれは拒否したら可哀想かもしれない。

まあ別に少年に対する興味がなかろうと、断る理由にはならないから構わないのだが。




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