疲労回復には
いくらシャドウには未だ不明な点が多いとは言え、たった一人の少女が睨み付けてみたくらいで怯むとは思えない。そんな話に素直に驚嘆するのは伊織だけで、梓董も岳羽も猜疑の眼差しをイルへと向け続けたままだった。
おそらく伊織もイルの言葉を完全に信じているというわけではないだろう。その場の状況をよく知らないから彼女に乗っただけで、偶然だとかその程度の認識だと思われる。
「……嘘だろ」
「いやまあ気迫勝ちってのは嘘だけど、あたしにも何が何だかだし」
梓董の鋭い言葉を受け眉尻を下げ困り果てるイル。彼女の言葉のどこまでが信用なるか推し量る梓董とは違い、何が何だかわからないという言葉の方は信じたらしい岳羽が息を吐く。
「ま、そりゃあね、あんな状況だったし。偶然とはさすがに思いにくいけど、でも別にイルがどうこうできたとは思えないか」
人一人にどうにかできる相手なら、こうして毎回手を煩わせていたりなどしない。さっさと殲滅でもなんでもすればいい話なのだ。
その限界を思い結論付ける岳羽に、イルはあからさまに安堵した様子を見せる。そんな彼女の姿を目に、梓董も仕方なく息を吐いた。
別に責めるつもりも追い詰めるつもりもないし、何より困らせたいとは思わない。イルがどこに行っていたかという点も気にはなるが、そちらも併せて深く尋ねたところでイルがきちんと求める答えを返すとは思えなかった。
ただ、返せないわけではないだろうことだけは、何となくわかる。
「まあまあ、過ぎたことはいいとして、ほれ戒凪、せっかくイルが作ってくれたんだからありがたく食べようぜ!」
な、と。元の明るい空気を取り戻そうとするかのように、必要以上に声音を弾ませそう告げる伊織に梓董は溜息を一つ。
しかしそれに抗ってまで無理に話を続けて空気を悪くする必要はないため、従う道を選んだ。
せっかくイルが厚意で作ってくれたのだから、という点には同感だから。
伊織とイル、それにケーキを口にし機嫌が上昇した岳羽のお蔭で、その後は明るい雰囲気を維持し場は盛り上がった、が。
……梓董の中でのイルに対する猜疑の念が晴れることはなかった。
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