救出作戦始動



それはまるで逸話の中の狼男の話のようで。月の魔力という言葉の遣い方もあるくらいなのだから、あながち全てが虚偽や空想でもないだろうが。

そんなことを何とはなしに考えていた梓董は、眼前の月を目にふと思い出した。


「……そういえば、モノレールの時も満月だったな……」


あの時も、ここまで近くは感じないまでも、確かに月は満ち丸く輪郭を形取っていたように思う。記憶力にはそれなりに自信があるので、まず間違いない記憶のはずだ。

そんな梓董の言葉を受け、真田の視線が月から彼へと移ろった。


「ん? ……前も丸かった? おい、4月に寮が襲われた日、月を見たか?」


真田の双眸が細まり、宿る光が鋭く一変する。焦燥にも似た緊迫感を肌で感じ、梓董は問われるままに記憶を辿り答えを探した。

あの日、あの屋上で見た景色。

それはあの白い少女……イルの姿と、彼女が仰いでいた……。


「……満月でした。ああ、そうか」


丸い、月。

それを思い出し口に乗せ、梓董はそこで気が付く。真田の言わんとしていることを。

得心気味に頷く梓董とは違い、状況を把握できずに疑問符を浮かべるのは伊織と山岸。
この状況とて未知である山岸は仕方ないにしても、先程までの会話から思い返せば伊織は理解しても良さそうなものだというのに。

とりあえず梓董が自己で完結したことを、真田が律儀に口にしてくれた。


「ああ、全て満月だ!」


屋上でのあの一件の時も、前回のモノレールでのことの時も、そして今日、今この時も。

全てが、満月の夜の出来事なのだ。

偶然の一致として流すには難しいまでの符合。それを思い、ふとあの少年が「試練」と称して予告じみた言葉を残していっていたことを思い返すが、彼はやはりシャドウと何らかの関係があるのだろうか。
考えつつもそれを真田達に問うわけにもいかず、とりあえず後回しとした。

……後で考える、とすると、その時には記憶を彼方に追いやってしまっていそうな気もするが。

とにかく。

状況は梓董が思考に耽っていようが進んでいたようだ。不調な通信を使い、真田が何とか桐条と連絡を取ろうとしている。
一刻も早く新たな情報とも思えるそれを、彼女に報告しておきたかったのだろう。

だが。


「美鶴、聞こえるか!?」
「……明彦か……シャ……ウが……」
「おい、聞こえているのか? 返事をしろ、美鶴!」
「……気をつけ……」
「美鶴!? おいッ!」


変わらず不調を訴える通信の向こうから、どこか切羽詰まった様子の桐条の声が届く。伝えたい言葉はわからずとも、その声音が持つ雰囲気から、それが急を要す異常事態発生を示唆していることは伝わり。

今この時ばかりは通信機能の不調が恨めしく思えた。

聞き取れた言葉は僅かである上、酷いノイズのせいで明瞭さにはやはり欠けるが……。



シャドウ、と、聞こえたような気がした。



今エントランスに残っているのは桐条の他に岳羽とイルの二人だけ。そんな状況で、もしも真田の仮説に添い大型シャドウが襲ってきていたとすれば……。


「……イル」


呟いた名前は無意識で、呟いたことにすら梓董自身気付いていなかったけれど。

案じ、急く気持ちは皆同じ。

そんな中で、山岸が突然戸惑いの声を上げた。




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