救出作戦始動



そんなこんなで、とりあえず潜入の意味を理解してくれたらしく大人しくなったイルと真田を引き連れ、目指すは職員室。そこに向かうには一度階段を下り、玄関ホールを抜けなければならない。

そういう理由から、必然的に玄関ホールに差し掛かったわけだが。


「……? 待て、何か来るぞ!」


ふと何かに気付いたらしい真田に制止され、すぐさま神経を研ぎすませてみる。何事かと思えば、確かに足音が一つ分ゆっくりとこちらに近付いて来ていた。


「こんな時間に、誰だ……? ともかく、隠れるぞ」


真田に促されて三人は揃ってすぐに近くの柱の後ろに隠れる、が。


「イル……」
「イルっ、そこだと見付かる!」


三人で隠れるにはやや狭いスペース。
若干体がはみ出してしまっているイルに気付き声をかけようとした梓董だったが、それよりも早く真田が彼女を抱き寄せた。


「わぷ……っ」


予期せぬことにイルから小さな悲鳴が上がるが、既に大分近くまで来ている足音を前に、騒ぎ立てるような真似はさすがにしないらしい。
真田に抱きすくめられるまま、イルは黙って彼にしがみついていた。



……何だか、気に入らない。



非常時だし、何か特別な意図があっての行動ではなく、足音をやり過ごすために必要と判断されたための行為。そこには決して他意はないだろうし、ましてや場違いな甘い空気が流れていたりするわけでもない。

だけど。

イルの背に回され、その華奢な身を強く抱き締める真田の腕が。

そんな真田の背に腕を回し、ぎゅっとしがみつきながら彼の胸元に顔を埋めるイルの姿が。



……何故か酷く不愉快だった。



知らず眉根を寄せ表情を僅かに歪ませる梓董だが、足音に集中する二人はそれに気付かず。やがて辺りをライトの丸い光が一通り軽く照らし出すと、その足音はゆっくりと遠ざかっていった。


「フゥ、警備員か……。……よし、いなくなったな」


安堵の息を吐き。胸を撫で下ろしたところでようやく人心地がつき、現状を把握したのだろう。

はたと抱きしめたままのイルの姿に気付き、慌てた様子で真田がイルの体を押し離す。


「す、すまないっ! こ、これは別に深い意味があってとかじゃ……」


深い意味とは何だ。

しどろもどろに言葉を紡ぎながら、僅かに顔を赤らめ視線を迷わせる真田の姿を目に、梓董は何故か機嫌が下降してゆくような気がした。

いつもイルと対話している真田は、もっと強気ではなかったか。少なくとも、こんな風に取り乱したりなどはしていない。

女生徒から支持の厚い真田が、まさかたった一人の女子相手にこうも戸惑いを露わにするとは……。

梓董の眉根に寄せられた皺が僅かに深まるが、それにやはり真田もイルも気付くことはなく。それどころか、イルは一瞬きょとんと目を瞬かせて真田を仰いだ後、そのまま小さく笑みを刻む始末。


「いえ。確かに出すぎていたみたいですし、助けられたことは事実です。ありがとうございました」
「あ、ああ……」


先程までの子供じみた言い争いはどこへやら。何だかんだで律儀らしいイルに頭を下げられ、真田は僅かに戸惑いを残したままながらも小さく頷く。




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