若干一名初対面



だいじょうぶ、と笑う彼女はいつものイルそのもので。
引き留めようと思うのに、それを拒絶されているような気がして、追随できない。


「じゃあ、また明日ね」


おやすみ、戒凪、と柔らかく告げて去るイルの背を、梓董が追うことはなかった。










その姿をポロニアンモールで見かけたのは、本当に偶然のこと。

真田の後輩らしい四人組が絡まれているところを偶々助け、彼らが求める情報で自身が知っている範囲のことを教えた後、それ以上共にいる必要もなかったためにそのまま別れたわけだが。

……何故ここにあの少女の姿があるのか。しかも、一人きりで。

確か彼女はあそこにいた面々の内で、唯一初対面だった少女。
白いパーカーを着ている上に白銀の髪を持つともなれば、全体的に白い少女というイメージを抱いてしまうことも致し方ないだろう。追記するなれば、肌もどちらかと言えば白い部類に入りそうに思えるし。

などと、それはまあいいとして。

彼女が一人、夜中のポロニアンモールの中を平然と歩いていることに荒垣の眉根が寄った。
誰がどこで何をしていようと関心を抱くつもりはなかったが、相手があの少女ともなれば話は変わる。

何せ彼女は、少し前に柄の悪い男に腹部を殴られたばかりなのだから。

もう少し早く割り込んでやれたなら、と、自身のせいではないのに悔いる荒垣は、実は面倒見がよい人種なのかもしれない。女の子を殴るなど男として許せない、などというつもりはないにしても、それに似た思いは抱かないわけでもない。

とにかく。見付けてしまった以上このままにしておけない性分は自覚しているので、柄ではないと思う気持ちを溜息と共に吐き出して少女へと声をかけた。


「……おい」


極めて普通に声をかけたつもりだが、少女が肩をびくりと跳ね上げさせた様子を目に、声音が低すぎただろうかと僅かに戸惑ってしまう。が、一拍置いて振り向いた彼女には特に怯える様子もなく、荒垣の姿を認めるなりきょとんと小首を傾げてみせた。


「あ、さっきの。……ああ、えっと、さっきはありがとうございました」
「いや、礼はいらねえ。さっきも言ったが俺は何もしてねえからな」


礼儀正しく頭を下げる少女に、思わず帽子の上から自身の頭を掻きつつ息を吐く。
礼を言われるなど慣れていないから気恥ずかしいという思いもあるが、それにはひそりと蓋をした。

そんな荒垣に、少女は緩く笑みを向けて首を振り言葉を返す。


「いえ。助けられたことは事実ですし、知らなかったことを教えてもらえたことも事実ですから」


きっちりしているというか、真面目というか。
微笑を浮かべつつも引きそうにない少女の頑なそうな様子に、荒垣は内心で再び息を吐いた。

人を見かけで判断するなとよく耳にはするものの、自身の容貌が近寄り易いものではないことくらい自覚している。むしろ何をするでもなくとも怯えられることが少なくはなかったりするわけで。

ましてや相手は普通……とは若干言い難いかもしれないが、それでも普段は普通の女子高生として生活していることだろう少女。そんな彼女が一人で対峙するには気後れしそうなものなのに。

物怖じする様子を見せないどころか変わらず笑みを絶やさない少女に、少しばかり調子が狂うように思えた。


「……そうか」


そんな内心を隠すかのように短く答え、そこでふと本来の目的を果たしていないことを思い出す。




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