若干一名初対面



何故こんな無茶を、とか、イルが殴られたことへの憤りも確かにある。だが、今はそれよりも彼女の体のことが心配だ。怪我もそうだし、吐き気もあるかもしれない。

心配から、知らず眉根が寄る梓董に、イルは顔を上げて僅かに笑みを形作った。


「だいじょうぶ」


どこがだ。

一目見て無理しているとわかるようなそんな笑みで、一体何が大丈夫だというのか。こんな時にまで強がろうとする、頼ろうとはしないイルに、苛立ちが募る。
しかしそれよりも、そんな彼女に何もしてやれないことが、梓董にとってより悔しく腹立たしく思えた。

彼女はいつだってそうだ。

梓董の心配は過剰にするくせに、自分のことには無頓着で。
……何故、守ろうとするばかりで守られようと思ってはくれないのか。

無意識にそう考えて、梓董はふと我に返る。

これは……これではまるで。



梓董が、イルを守りたいと思っているようではないか。



何故そう思ったのかわからず戸惑う梓董は、イルが不思議そうに見上げてきていたことにも気付かず。
それでも、聞こえてきたその声はきちんと耳に届いた。




「その辺でいいだろ。知らねえで来てんだ。俺が追い出す。いいだろ、そんで」




この声は……。
どこかで聞いたような覚えがあるその声音に、梓董は思考を中断、視線を動かす。声を追い、その発信源へと目を向ければ、そこにはゆっくりとこちらに向かい歩いてくる一人の男性の姿があった。

……彼は確か、真田の検査入院の際、彼の病室にいた……。


「ば、バァカかテメーは。今さらそんで済むかよ! テメェもヤんぞ、コラ!!」


引き際を見極められないらしいイルを殴ったあの男が、それに若干負い目を感じている様子ながらも強気に態度を持ち直す。……というよりも、持ち直したふりをしているといった方が正しいか。
見せかけの見栄が痛々しい。

男はその虚勢を振りかざし、今度は新しく現れた男性へと拳を振り上げた。

だがそれは掠りもせずに男性によけられ、代わりとばかりに頭突きを反撃として戴くことになる。鈍く痛々しい音が辺りに響いた。


「うおっ……つ、つええ……。テンメェ……いま三途の川、渡ったぞ! ただで帰れると思ってんのか!?」
「……試すか?」


凄んで見せようと粋がる男の態度はどう見ても負け惜しみ以上には見えず。冷静に低く問い返された短い言葉に、簡単に言葉を詰まらせた。


「う……い、いや、特に……」


後込み過ぎだろう。
先程の勢いはどこへやら、頼りなく視線をさまよわせて小さく紡ぐその姿からは小物感しか感じ取れない。

そんな男を、それでも一応仲間であろうはずの女達が、あの甲高い笑い声を上げて容赦なくダサいと侮辱した。自分達には害はこないとタカを括っているのか、高みの見物気取りで口だけはやたらと達者な彼女達の方が、よほどダサい人種に思える。

とりあえずそんな彼女達は放置して、男の連れらしいもう一人の男が、突然現れた闖入者に覚えがあるのか低く唸った。


「テメェ……確か“荒垣”とかいったな……。そうだ、“荒垣真次郎”……! テメェも確かツキ高だな?」
「チックショー、おっぼえてろよ!!」




[*前] [次#]
[目次]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -