まず打ち倒すは目の前の強敵
どうして素直に受け取れないのか。
見当違いなイルの返答に溜息を一つ吐き。岳羽がもう呆れることも馬鹿らしくなってきたところで、ようやくその報せは届いた。
「試験結果、張り出されたぞ!」
昼休みに入り、もう大分経った今、一人の男子生徒により知らされたその報告に。イルがごくりと喉を鳴らしたことに気付き、岳羽は大袈裟なと内心で再び溜息を吐いていた。
学年首位の座に輝いたその名は梓董戒凪。突如現れた転校生が、試験でトップを取ったことに結果を見に集まっていた生徒達があちらこちらでざわめきだす。
一応結果の確認に来ていた当の本人である梓董は羨望やら嫉妬やらの視線を受けながらも、それを全く意に介した様子もなく、いつもと変わりない無表情のまま廊下に張り出されたそれを見やっていた。とはいえ自分の名はとうに見つけ済みなのだから、探している名は自分のものではなく……。
「二十七位! うっわ、嘘!? 最高記録!」
試験結果を見に集まった生徒達でざわめくこの場に、一際大きく上がった声。その声が告げた順位は、丁度梓董が探していた名の人物の順位と同じもので。その順位に同率はいないということは……。
「イル」
「あ、戒凪」
探していたその名の持ち主を見つけ、歩み寄り声をかければ。彼女はすぐに梓董へと視線を向け、嬉しそうに破顔する。
「おめでと、一位なんて凄いね!」
「……別に。それより、イル、最高記録なんだ」
首位を取ってそれをまるでどうでもいいことのように告げるなど、聞く者によっては嫌味だろうに、会話をし合う二人には気にとめた様子など全くなく。イルは笑みを崩さぬまま、梓董へと頷いた。
「うん。あたし、あんま頭良くなかったし」
「知ってる」
というよりも、知らざるを得なかったというべきか。
決して悪くはなかったのだが勉強嫌いも相俟っているせいで教えるにも根気を要したことは今も鮮明に覚えている。それこそ、梓董が途中で投げ出さなかったことが不思議なくらいだ。
あまり誇れるようなことでもない事実をさらりと肯定されてしまったイルは、返す言葉もなく詰まり。慌てて話を逸らしだす。
「あー、と。あ、この結果、戒凪と理緒のお蔭だよね。ありがとう」
「……はがくれの特製」
「へ?」
「礼ならそれでいいから」
悪戯めいて笑みを刻みまるで当たり前の話だとでもようにさらりと簡潔にそう告げれば。イルは一瞬きょとんとした後、軽く目を見開いた。
「ええっ!? そういう話だったっけ?」
「そう。今考えたけど」
悪びれも躊躇いもなくあっさりと紡ぐ梓董に、イルはきょとんと目を瞬かせ。それから「そうか、お礼くらいしないとだよね」などと一人呟きながら頷き、改めて笑みを刻んで答える。
「よし、じゃあ放課後ね」
「替え玉ありで」
「そんなに!? どこに入るの、それ!」
細いくせして侮れぬ、などと訳の解らないことを口走るイルに小さく笑い。無意識に思わず緩んでしまった口元に気付いた梓董は、自分自身で少しばかり驚きながらも、不快ではなかったために特に気にすることもせず。とりあえず今日の夕食は考えずに済むな、などと考えることで打ち消した。
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