不協和音



「うっわ……。すげー事になってんな……」


目の前に広がった光景に、思わず引き気味の感想をもらす伊織。口にはせずとも皆抱いた感想は似たようなものだった。

扉を開け踏み入った先頭車両。そこにいたのは女教皇タイプの大型シャドウで。列車の一部と化すように体の一部を列車へと張り巡らせた姿のそれが、どうやら今回のボスで間違いないようだ。

その容貌に一瞬だけ意識を捉われてしまいながらも、すぐさま戦闘体勢に移った梓董が皆へと冷静に指示を出す。


「イル、タルンダを。伊織は攻撃、岳羽は全員の体力を見ながら攻撃を」
「了解」


追突事故まで時間がないという理由からも、ここは一気にたたみかける必要がある。そう考えての梓董の指示に抗う要素も時間もないため皆が従い攻撃に集中する、が。


『! マズい、全員防御体勢をとれ! くるぞ!』
「え? きゃああっ」
「うわあぁっ」


一早く異変を察知した桐条からの通信も虚しく、空気すらも凍らすような極寒の吹雪が、まるで出鼻を挫くかのように戦闘体勢を整えたばかりの皆へと襲いかかってくる。


「っ、カデンツァ!」


すぐに梓董が回復に回るも、直後にまたも吹雪に襲われ再び体力が削りとられてしまった。その上、その吹雪は体中に纏わりつき、こちらの動きを奪うかのように手足を冷たく凍り付かせていく。

体力や体温も奪われ、思うように動けなくなっていく中、どうにか場をうまく打破できる策を思い付かなければと梓董の思考が絶え間なく巡る。このままでは攻撃すらままならない。容赦なく襲いかかってくる吹雪は寒さも痛みも通り越してその感覚すら奪いはじめてきた。

このままでは凍死してしまう。

それが冗談でも過言でもなく現実味をありありとわかせてきたその時。その声は、凛と……揺るぎなく、場に響いた。




「戒凪、ソニックパンチ、使える?」




白く染まる息を吐き出しながら。



真っ直ぐに前を見据える彼女……イルの瞳は強く。



――目が、逸らせない何かを感じた。




「……使える」


丁度ジャックフロストを召喚できるように自身の中にストックはしてある。確かソニックパンチを覚えていたはずだと確認すれば、思った通りその技を覚えていた。

問われた問いの意図はわからずともとにかくそう答えれば、イルはにこりと梓董へと微笑みかける。

どこまでも優しく、柔らかい笑みで。


「じゃ、あたしがガル使った後に使って」


ガルとソニックパンチ?
その二つの技に一体何の関わりがあるというのか。訝しむ梓董に、イルは変わらずただ真っ直ぐに視線を向け。




「だいじょうぶ。あたしが、キミを守るから」




だいじょうぶ。



何故なのか。

彼女が告げるその言葉は。





それだけで、信じられるような気がしてくる。





確証も何もないのに、と。

そう思いながら装着するペルソナをジャックフロストに変えれば、エンジェルを装着したらしいイルが宣言通りガルを放つ。彼女の意図は相変わらずわからないままだが、それでも彼女に言われたまま続くように梓董がソニックパンチを放ったその直後。




「一緒にいくよ! 天馬流星烈拳ッ!」




イルのペルソナ、エンジェルの放ったガルと、梓董のペルソナ、ジャックフロストが放ったソニックパンチが融合して、別の技へと変化する。

それはまるで流星の如き速さで駆け抜ける、重く鋭い必殺の一撃。

狙い違わず敵へと向けられたその一撃は、貫くように敵を仕留め。強烈な一撃に穿たれた大型シャドウは、悲鳴を上げながら溶けるように消えていった。


「今の、何……?」


魔法を発動させたシャドウが消えたためか、急速に温度を取り戻していく車内。それにより何とか体勢を立て直した岳羽が戸惑い気味に呟くが、今はまだそれどころではなかったりする。


「……ってオイ! 止まんねえじゃんか!」


そう、伊織が言うように、列車はまだ止まってはいないのだ。列車を操っていたシャドウが消滅したのだから、列車も自動的に元通り動きを止めてくれたら良いものを。思いはしても現実が変わることはない。


「そっか! ブレーキかかんないと、すぐには……!」
『おい、どうしたっ!? 前の列車は、すぐそこだぞ!』




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