絶望への歩み



正月くらいはイルも山岸ものんびりと過ごせるようにとの桐条の配慮から、これでもかと豪勢な御節をいただき過ごした結果、猛烈なダイエットに挑む女性陣の姿が見え隠れする今日。正月太りとはよく言ったものだと、いくら食べても太らない、女性の敵たる体質にある梓董は、彼女らを後目にのんびりと残り僅かとなった冬休みを謳歌していた。

正月に帰省する寮生がいなかったことは、各家庭の事情やら、差し迫る現状やらが背景にあることは察すに易いので、誰も話題にはしない。だからというわけではないが、梓董がイルと話をするその内容もまた、それとは別のことだった。






《01/04 絶望への歩み》






気が急いてしまうのは皆同じ。とは言え、張り切りすぎて息切れをしてしまっては元も子もないというもの。

などと尤もらしい言い分を掲げて正月中はタルタロスに挑むこともしなかったわけだが、もちろんただ無為に日々を過ごしていたわけではない。ご年始の挨拶と、古本屋の老夫婦にイルと共に挨拶にも行ったし、各コミュ相手にきちんとメールで挨拶もした。今まででは考えられないほどのマメさを発揮した梓董は、その中でも当然のように入峰の存在も忘れてはいない。

元旦は寮の皆と過ごしたので、その翌日。二日にはふたりでもう一度初詣に行ってきた。その辺りを抜かる気はないのだ。

と、そんな正月にも終わりは訪れるもの。三箇日も過ぎた今日、やはり差し迫る現状故にか各々正月気分もそこそこに、皆それぞれに前を向く中、梓董は恒例である食後のお茶をしながらイルと向き合っていた。


「綾時がいないと、やっぱり少し寂しいな」


ぽつり。呟く本音を隠さないその理由は、その気持ちすらも蓋をしてしまったら、望月の存在にまで蓋をしてしまうような気がしたから。いい意味でも、そうでなくても、彼が確かにここにいた証だけは、素直に言葉にしたいのだ。

それはきっと、イルにしても同じ想いなのだろう。褪せないままに繋ぎ止めておく術を、他には思い付かないから。


「そうだね。......十二月中、ずっと一緒にいたからかな。余計になんか......寂しい」


彼女と望月は似た存在。一部ではあっても同じものを抱える存在同士だから。たぶん、誰よりも望月に添うことができるのだろう。

その葛藤も、悲しみも苦しみも痛みも、彼女は誰よりも理解することができているはず。だからこそずっと傍にいて、ひとりではないのだと彼に伝え続けていたのだと思うから。だからきっと、望月に対する想いの大きさは人一倍だろう。


「綾時に、伝わったかな。あたしの想いや戒凪の想い」


ひとりではないという、彼もまたひとであるという、そんな想い。せめて......せめて、少しだけでも伝わってくれていればいいのに。


「うん、伝わってるよ、きっと」


笑って、いたから。望月は確かにたくさん、たくさん......選択のあの日も、笑ってくれていたから。

きっと、伝わるものはあったはず。

だから。


「綾時にも、笑顔を。......って、あの時あたし、願ったんだ」


初詣の願い事。みんなの想いを込めた、ありったけの願い。そのみんなの中に、望月も含むことができたなら。

そう望むことはきっと、何もいけないことなどではないはず。


「うん、俺も」


願わくば、誰もが笑顔で春を迎えられるように。

そんな希望こそが、絶望に打ち勝つ力となるだろう。

結果を決めつけたりしない。掴み取るために選びとったのだから。だから......。


「いい年にしよう」


皆にとっても、自分にとっても......もちろん、望月にとっても。

そうなることを心から願う梓董の言葉が、望月にも届けばいいのに。

胸の中で、小さく祈った。






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