選択の日



答えは、もう既に皆決まっているらしい。

それがいつ決まり、そしてそう至るには何があったかなど、梓董にはわからない。けど。


「決まってるだろ......答えは」


確信めいて問いかけてくる桐条に、いつもの力強い笑みを向けてくる彼女のその言葉に。返す答えは、もちろん決まっていた。

今宵、望月の決めた選択の夜。殺すことに躊躇いなどもたなくていいと言い残し、先に梓董の部屋へ向かった望月。そんな彼を見送り、集まった皆を見渡す。

真田に、岳羽。伊織に、山岸。天田とコロマル、そして決意も新たに復帰を果たしたアイギス。桐条と、そして今ここにはいない、多くを託し眠り続ける荒垣を想い、それから......。

望月と共に、今夜、この選択の夜に帰ってきた白い少女、イルを最後に見つめ、まっすぐにこちらを見つめる彼女のアオを見つめ返し、そして強く頷いた。

答えなど、本当は最初から決まっていたのだ。

......失いたくはないものが、あるのだから。


「じゃあ、いってきます」


想いは、皆同じ。ならば躊躇う必要など、どこにもないのだ。

皆の視線と、それから、遠慮がちにアイギスを呼ぶイルの声を耳にしながら、梓董は確固たる足取りで階段を踏みしめた。






《12/31 選択の日》






イルがアイギスを呼んだのは、きっと謝るため。理由があったにせよ傷付けてしまったのだ、彼女が気にしていないことなどなかった。アイギスの復帰時に居合わせなかった彼女が、アイギスに会うことが叶ったのはこれが最初。だからこその行動なのだろうと思うと、戻った時にはきっと、また笑いあえるようになっているはずだとも思えた。

そう、梓董が、戻った時には。


「......決めた、みたいだね。......ううん。もう、決まっていたのかな」


困ったように、寂しそうに。笑う望月は、梓董のベッドの上に座り、梓董を出迎える。梓董は扉をゆっくりと閉めると、そのまま彼と向き合う。ただ、まっすぐに。


「懐かしいね、この部屋。随分久しぶりな気がするよ」


まだ、そんなに経っていないはずなのに。そう苦笑する望月が思うのはきっと、彼がまだファルロスだった頃のこと。ここから始まったこの関係は、けれど本当はずっと続いていたものなのだろう。

十年前から、そして、これからも。

それはそう、まるで運命のように。


「僕は君達に......そして誰よりも、君とイルに、辛い思いはして欲しくない。ニュクスは決して倒せない。戦うなんて無駄なんだ。それなのに、死の間際までその恐怖と向き合い続けるなんて、そんなの......そんな思い、して欲しくないんだ」


抗えない絶望。それを突きつけられて、必死に踏みとどまるよりも、全てを忘れてでも笑顔でいてくれるなら。そう願う望月からは、もはや笑みは消え失せ、彼の方こそ必死な......それこそ、今にも泣き出してしまうのではないかとすらおもえるほどに必死な表情で、梓董を見つめてくる。

その口が絞り出すように紡いだ言葉は、痛切なまでの、哀願。


「僕を、殺して」


そこにどれだけの想いが宿っているのか。
どれだけの願いを込めているのか。

どれだけの想いを、押し込めているのか。

どうして彼なのだ。どうして彼と生きられない。どうして彼がひとではないなどというのだ。どうして、どうして。

込み上げてくる全ての想いを押し込めるように、強く強く拳を握った梓董は、なるべくその感情を表にしないようにと目を細め、望月を見つめ返す。


「......言いたいことは、それだけか?」


静かに、極力静かにそう問う。その言葉に、望月の瞳が戸惑うように揺れた。

答えは、それで充分だ。

梓董は足早に歩を進め、それ以上の言葉を重ねないまま望月の元まで歩み寄ると、真正面から彼を見下ろす。座っている望月と立っている梓董とでは必然的にそうなってしまうのだが、今はむしろ都合がいいように思えた。

睨むように梓董の視線がまっすぐに望月を見下ろすと同時、部屋の中に乾いた音が響き渡る。


「いっ......」
「痛いだろ。そうやって痛みを感じられるくせに、自分はひとじゃないから殺されてもいいんだなんて、そんな馬鹿な強がり言うな」


両手で望月の頬を挟み込んだまま、無理矢理彼の顔を上げさせる。泣き黒子が印象的な彼の目元は、強制的に梓董の方へと向けられ、大きく歪められた。


「だ、だって......」
「お前は! ......お前は、他人にばかり気を遣いすぎだ。誰かと笑えて、誰かのために泣けて、誰かのことを想うことができる。そんなお前がひとじゃないなんて、俺は認めない。姿形とかじゃなくて、綾時は、ひとなんだ」
「戒凪君......」


手を離す。どうして望月はこうも自分を卑下したがるのか。それならいつもの頭の軽いノリで馬鹿げたことをしでかす彼の方がよほどいい。

手を離され、自由になった途端に顔を伏せてしまった望月は、それでも、だけどと小さく呟いた。

瞬間、一瞬だけ辺りが瞬き、そうして次の瞬間には望月の姿は消え失せ、梓董の目の前に白と黒の異形が現れる。その姿を、梓董は以前目にしたことがあった。

あれはそう......梓董が、初めてペルソナの能力に目覚めた日。初めてイルを見かけ、そして初めて大型シャドウを目にした四月。この寮の屋上で......梓董の内から飛び出した彼は、当初の梓董のペルソナであったオルフェウスを破り捨て、そうして大型シャドウを打ち捨て、確かに梓董の中へと戻っていった。

そうか......その姿こそが、望月の......。


「本当は、この姿を君に見せることなく、終わらせたかった。......ねえ、戒凪君。これでわかっただろう。僕は、ひとじゃないんだ」


重く、響くような声。望月のものであって望月のものではないようなそんな声で語りかけてくる目の前の存在を見上げ、けれど梓董がその姿に恐怖を抱くことなどなかった。

死を招く存在。
宣告者。

御大層な肩書きだと、梓董は小さな笑みすら浮かべて彼を見上げる。揺るがない眼差しでしっかりと見つめながら、そうして伸ばす手で、彼の言葉通りひととは違う、真っ白い頭部へと触れた。躊躇いは、ない。たとえその手に、ぬくもりが伝うことなどなくても、だ。


「姿形じゃないって言っただろ。......綾時は、ひとだよ」


わからないなら何度でも言ってやる。認めないなら、何度でも教えてやる。

望月は梓董達と何も変わらない、ひとなのだと。

梓董の言葉を受け、そうして望月は望月としての姿に戻る。再び下がったその位置に、もう一度目線を下げるが、ベッドに腰かけたままの彼は、俯いたまま顔を上げてはくれなかった。


「......答えは、変わらないんだね?」


静かな声。何の感情も読み取らせまいとする抑揚のない声は、どこまでもただ静かだった。


「俺たちは、ニュクスに挑む」


それもまた、死への道だと言われても、それでも何もせずにはいたくないから。

はっきりと口にした言葉は、梓董一人のものではなく、皆の総意。絶対に死ぬと突きつけられて、選べる選択肢はその死に方だけ。けど、その死に方には大きな違いがあったのだ。

何もせずに諦めるか、それとも......結果を認めず、抗うか。

死ぬ、などと。今は誰一人として認めていない。絶対的な死など、誰も信じていないのだ。


「そっか」


小さく呟いた望月は、果たして何を想ったのか。そうして顔を上げた彼は、小さく......ただ小さく、微笑んでいた。


「みんなのところに戻ろう。ニュクスに会う方法を教えるよ」


納得、してくれたのだろうか。立ち上がった彼の様子からは察することのできないそれは、けれどそのままこちらを見つめてきたその視線からなら感じ取れた。


「ねえ、戒凪君。僕は君が、君達が、だいすきだよ。いつまでも、ずっと」


それは昨日も伝えられた言葉。そこに込められた想いの強さはきっと、梓董達の答えへの想いでもあるのだろう。

緩く笑った彼は、小さな小さな声で、ただ一言だけ付け加えた。



──ありがとう、と。






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