残り、1



「......あのさ、ふたりでいた間、いったい何をしていたわけ?」


梓董からの胡乱な眼差しを向けられ、その相手、イルと望月は困ったように頬をひきつらせた。






《12/30 残り、1》






馬鹿じゃないのか。
思わず喉から出かかった言葉を溜息に変え、梓董は頭痛でも覚えたかのように額に手をやる。そんな彼に焦燥も露に慌てた様子でイルと望月からの弁明が繰り出された。併せて加えられる妙なジェスチャーには、きっと意味はないのだろう。


「で、でも、ほら! 隠密で学校覗きにも行ったし!」
「そうそう! 海にも行ったよ、ね、イル」
「うんうん! ......さすがに入れなかったけど」


ね、と、取り繕うように首を傾げる二人が求めているのは同意ではない、理解か許しかだろう。細めた目で冷ややかに射竦めてやれば、短く呻いて押し黙るその姿はどこか不憫にすら見えた。もちろん、同情はしないが。

もう一度深々と溜息を吐く梓董が思い起こす事の始まりは、昨日。イルから、今日一日の時間が欲しいとメールが送られてきたことから端を発していた。

そのメールから思い至るのは、もう間近にまで迫った大晦日。短かったカウントダウンさえももはや終わりを迎えるのだと思うと、彼女がそこに含んだ意図も容易に理解できる。

思い出を、作ろうとしているのだ。

明日の夜、約束の日、梓董達がどのような選択をするかはまだ誰もわからない。それぞれの胸の内には思うところがあるだろうが、それでも全てを決すのは明日なのだ。ただ、それがどのような選択であっても、望月が望月として存在できるのは明日まで。だから彼は明日をその期限にしたのだと、自ら口にしていた。

望月が、望月である内に。

その先がどうなるかは梓董にはわからないが、それでもきっと、これはイルなりの配慮なのだろうとはわかったから。

思えば、今月初めの満月の夜の前日にも、こうしてイルの誘いで三人で遊んだことを思い出す。もしかしたら......いや、たぶんきっと、あの時もイルは望月のことを察し、気遣ったのだろうと今なら思えた。

だからこそ梓董としてもその誘いに乗ったのだ。これが最後とは思いたくはないけれど、でもだからといって楽しんでいけない理由にはならない。そんな思いで今日この時を迎えたのだ、が。


「ふたり揃ってぷ○三昧ってどういうこと」


妙だと思った。何故合流して真っ先に行きたがった場所がゲームセンターなのか。普段あまりそこに立ち寄る機会を設けない梓董は、不審に思いつつも、望月が望むならと了承を示し、せがまれるままにあの人気のパズルゲームをプレイしたのだ。

結果は、悉く惨敗。あまり勝ち負けに拘らない性分なれど、望月にもイルにも一勝もできないともなれば話は変わる。問い詰めてみれば、どうだ。この約1ヶ月、二人は二人で過ごす時間の多くを、家庭用のそれに費やしていたというではないか。

それでは梓董が勝てないわけだ......ではなく。梓董からすれば、そんなことのためにイルが望月の傍にいることに理解を示したわけではない。二人の性格上にも、今のこのタイミングでそんな時間の使い方をするとは思っていなかった。

まあ、どういう時間の使い方をすればよかったかと訊き返されてしまえば答えに窮してもしまうのだが。


「ご、ごめん。思ったより時間、長くて」
「いろいろやりたいこともやったけど、空いた時間にちょっとやってみたら......」


思った以上にはまってしまったのだ、と、申し訳なさそうに肩を落としたイルが続ける。二人で過ごす時間が、それでも長かったという望月の言葉の意味を考えてみた梓董は、そうして気付いた。

長くて当たり前だ。過ぎてしまえばあっという間でも、死をつきつけたカウントダウンの日々を、何も感じず過ごすことなどできるはずもない。何より、答えはまだ出ていなくとも、望月は死を覚悟している。いくらイルが傍にいようとも、その不安を緩和できても払拭しきることはさすがに難しかったのだろう。

そこから目を逸らす術として選んだものへの理解はともかく、そうせざるを得なかった過程は理解した梓董は、これ以上二人を責める気はもうなかった。

せっかく今日は三人で過ごすことにしたということもある、できうる限り笑顔で過ごしたいという気持ちはきっと、三人とも同じはずだから。


「いいよ、もう。別に怒ったわけじゃないし」


それは事実。梓董としては怒りを覚えたなどということは更々なく、単に呆れてしまっただけなのだ。息を吐いてリセットした思いを新しく変え、それでも肩を落としたままのイル達に、思い付いた新たな話題を口にする。


「そういえば、イルってその髪と目、どうなってるんだ?」
「え? あ、これ?」


入峰琉乃の髪も目も、日本人特有の黒い色をしているというのに、彼女と同じ存在だというイルは、どちらも共に違う色を宿していた。その見目の違いは、彼女らを同一人物と察する大きな壁となったことは確かだ。

問う梓董同様不思議そうな望月からの視線も受け、もう隠す必要もないとばかりにイルはさらりと答えを返す。


「髪は染めて、目は綾時に力を貰った時にこうなったっぽい」


あたし、もう成長することもないから、髪も一度染めればそのままだから楽なんだよね。
笑う言葉の重さを、誰よりも彼女自身が感じさせまいとしている。その姿に痛々しさがないように見えるのは、やはり彼女が自分の選択に後悔していないからなのだろうか。

思いながら、言われてみれば確かにそのアオイ眼差しは望月のものと似ている色合いに思えた。


「へー、って、じゃあ、なんでイルはその髪の色を選んだの?」
「ああ、それはね」


白銀の髪を選んだ、その理由。ついでにだからそれを問い重ねた望月に、イルが示すのは自身の着ている白のパーカー。彼女がずっと愛用しているそれは、だからこそその髪色と併せ、彼女を白い少女と認識させるのだ。

そのパーカーを目に、何か察することでもあったのか、望月が小さくあ、と声をもらす。それにイルは笑って頷いた。


「あたしを琉乃だってわからせちゃダメって言われて、思い浮かんだ色がこれだったんだ。このパーカー、綾時が私にくれたものだよ」


あの、クリスマスの日に。紡がれ、梓董も察する。お互いに中身を教えあうこともしなかった入峰へのあのクリスマスプレゼントは、どうやらイルがずっと身に付けていたものと同じらしい。

本来の黒とも真逆で丁度いいとも思ったのだと、彼女は加えた。


「うわー、なんだか不思議だね。僕はイルが着ているからそれを選んだのに、イルはそれがあったから今の姿になったんだなんてさ」


確かに。イルにとっての先と、望月にとっての先の食い違いは、互いに干渉しあうからこそ不思議に思える。同感しつつ、それならばと梓董が考えた先もまた、入峰へのクリスマスプレゼントのことだった。


「なら、もしかしてイルが前に歌ってたあの歌も......」
「うん。戒凪がくれた、音楽プレイヤーに入ってた歌だよ」


歌って?
話についていけない望月に答える答えは簡単なもの。以前、寮の屋上でたまたま聴いたイルの歌は、その時に彼女が好きだと言っていたからこそ音楽プレイヤーに落とし、梓董は入峰にプレゼントした。もちろん、梓董自身もその歌をよく思ったからなのだが、やはりというべきか、イルからすればそのプレゼントの方が先だったようだ。

これはまさに。


「卵が先か、鶏が先か、か」
「なに、それ?」
「哲学。因果性のジレンマを表した題材」


答える梓董に返されるのは、二つの疑問符を浮かべたような表情。望月はともかく、イルからその反応が返ることは予想に易かった。


「いいよ、気にしなくて。結局、どっちが先でも構わないって話だから」


互いに循環する原因と結果の端緒を同定しようとする無益さを指摘している。そう結論付けられる言葉なのだ、これは。一応、答えになるものとて用意はされているし、梓董としても適した比喩だと思ったから口にしたに過ぎない。

そう、どちらが先であろうと構わないのだ。

例えばそれが梓董がイルを想うようになったことが先でも、イルが梓董を想うようになったことが先でも、どちらでも構わない。

互いに互いが大切だという話には、何も変わりはないのだから。

もちろん、そこに望月を含んでも同じだ。望月のことも、二人とも変わらず大切に想っているのだから。


「ふーん? 難しくてよくわからないけど、でもまあ、今日は楽しく遊ぼうってことに変わりはないしね」


じゃあ次はどこに行こうか。笑いながら話を本来の目的まで戻すイルの傍らに並び、梓董も同じ思考を巡らせる。カラオケでも構わないし、内容によっては映画でも構わない。単なる散策ですら、きっと二人と一緒なら楽しいだろう。

そんな風に考えながら、ふと、望月がやや離れて立っていることに気が付いた。振り向けば、彼はどこか眩しそうにこちらを見つめている。


「綾時?」


どうしたのかと問えば、傍らのイルの視線も望月へと移ろう。二人からの視線を受けた望月は、なんでもないと緩く首を振りながら、小さく、笑った。

見ている方が切なくなるような、そんな、笑みで。


「......明日、どんな選択がされるかはわからないけど、でも......。僕はずっと、君達のことがだいすきだよ」


ずっと。たとえどんなに離れてしまったとしても。それでも変わらず、だいすきだ。

それは、その想いは。


「あたしもだよ」
「うん。俺も」


永遠なんてわからなくても、それでも紡ぐ、ずっと。

笑い答えるそれぞれの想いは、もしかしたら違うのかもしれないけれど、それでもきっと、繋がるものは同じだから。

ほら早く、何して遊ぶか考える。と、急かされ笑う望月の笑顔は、いつもの彼のものへと戻っていた。






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