彼女である、彼女



昨日のパーティーの名残も惜しいが、それでも時は過ぎ行くもの。楽しかった時間などあっという間で、すぐに日は変わってしまった。

そんな今日、まだクリスマスの名を残すこの日に、もしかしたら断られるかもしれないことを覚悟しながら、それでも送ってみたメール。それに返された答えの良さに安堵して、梓董は寮を後にするのだった。






《12/25 彼女である、彼女》






待ち合わせは、巌戸台。早瀬がよく座っていたベンチを使うには、この時期は少し寒すぎる。風情や情緒などわからない梓董からは、こういう時に選ぶべき店もわからず、結果、馴染み深くもあり気後れもしないからという理由でファストフード店を選び、そこに入った。

連れ立つのは、二人。今日会うことを目的とし、誘いをかけた小柄な少女と、彼女に会うならと声をかけ、それに応じた望月の二人だ。

肩まで伸びた黒髪。大きめの黒い双眸。初対面ではなくとも見慣れない存在も一緒のせいだろう、少し気まずそうに縮こまる彼女は入峰琉乃。

そう、イルになる前の、イルだ。


「ごめんね、急に誘ったりして。予定とか大丈夫だった?」
「あ、は、はい! あ、あの、特に用もなかったので......!」


緊張を解す意味合いも込めて問う梓董に、入峰はわたわたと慌てた様子で首を振る。そうしながらちらりちらりと望月の様子を窺う視線に、当の望月はあの人好きのする笑みを浮かべて返した。


「ごめんね、僕まで一緒で。えっと、覚えてるかな? 前に一度会ったことあるんだけど」
「あ、はい。あの、望月さん、でしたよね......?」
「綾時」
「え?」
「綾時って呼んで」
「え、え、ええ!?」


きらきらと。おそらく、多くの月光館学園の女生徒達を魅了したであろう笑みをもって、望月が入峰にそう迫る。屈託のないその笑顔は、言っている内容がある程度無茶苦茶でも、相手の心を解してしまいそうなものだけれど、どうやら伊達にイルの元々の姿ではないらしい。困ったような視線が、助けを求めるように梓董へと向けられた。

それもそうだろう。会ったことも一度きり。ろくに話をしたこともないような異性を、それほど親しく見ろという方が難しい。特に彼女は割と内気気味な性格にある。戸惑うのも当たり前と思えた。

今日の件、望月のことはきちんと事前に伝えておいたが、その際の返信内容は是としていても、その返信が届くまでは少しばかり時間を要していたことを思い出す。きっと、彼女なりの勇気を振り絞って受け入れてくれたのだろう。

そこまでわかっていながら、それでも梓董が助け船を出すかと言えば、そんなことはなかった。


「じゃあ俺も戒凪でいいから」
「え、ええ!? あ、あの」
「俺も、琉乃って呼んでいい?」
「え、あ、そ、それは、構い、ません、けど......。で、でも、あの」
「......いや?」


小首を傾げてやや上目遣いに。こうして見せる表情に彼女が......イルが弱いことは、知っている。狡いとわかっていて、それでも意図して使ったその動作に、やはりというべきか入峰の言葉も詰まった。


「う、あ、の、い、嫌というわけでは......」
「じゃあ、いい?」


なおも問えば、返事に困る彼女の顔がこれ以上ないほどに赤く染まり、その内心を表すように、ぎゅっと眉根が寄せられる。


「ど、どうしたんですか、梓董さん。今日はなにか......いつもと違う気がするんですが......」
「そう?」


問い返せば、こくこくと何度も頷く入峰の答えに、梓董は内心で自覚した。

確かに、そうかもしれない。いつもと違う、そう言われれば、きっとそうなのだろう。

だってそれは。


「そうかな。だとしたら、これが本当の俺だと思う」


君を知ることで、君を想うことで得た、君にもらった確かなもの。

そこから広がった色彩を受け入れた今こそが、本当の自分の姿なのだと、そう思うのだ。


「今の俺は嫌?」


答えを紡ぎ、その上で改めて問いかければ、入峰は赤く染まった顔のまま、ふるふると小さく首を振ってくれた。


「そんなこと、ない、です。......あの、せめて......戒凪さんと綾時さんって、呼ばせてもらってもいいですか?」


きっと、精一杯の譲歩なのだろう。必死さも窺える眼差しで見つめられ、いくらなんでもそこまで否定するほど狭量ではないと、梓董も望月も頷いて応えた。その答えを受け、ようやく入峰に僅かな笑みが戻ってくる。その安堵の微笑を目に、今ならわかった。

彼女の纏う空気は、イルと同じものだったのだ、と。

イルも入峰も、今は別に存在しているが、やはりイルの言うように同じ存在なのだ。


「じゃあ、改めて。これ、俺からのクリスマスプレゼント」
「え!?」
「あ、こっちは僕からね」
「ええ!?」


それが本来の今日の目的。彼女にこれを渡すため、梓董も望月も今日この邂逅を望んだのだ。

それに応えたはいいが、それでもプレゼントを貰えるとは予期していなかったのだろう。押し付けるように渡された二つの包みを、半ば強制的に受け取らされた入峰は明らかな当惑に混乱している。

今日はなんだか彼女を驚かせてばかりいるな。そんな風に思いながら、それでも受け取り拒否を封じるのは梓董にしても望月にしてもおなじだった。結局おずおずとそれらを受け取った彼女は、申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、持参していたバッグの中から二つの小さな包みを取り出す。そしてそれを梓董と望月に差し出した。


「あ、あの......戴いたものには全然及ばないと思うんですが、その、お誘いいただいたあとに、クッキー、作ったんです。えと......よ、よかったら、貰ってください」


急な誘いだったこともあり、慌てて用意してくれたのだろう。その気遣いもありがたいし、なによりイルの料理の腕はなかなかだ。

断る理由など、どこにもなかった。


「ありがとう」


梓董と望月、揃って浮かべた笑みに、入峰もまた笑みを返し。

昨日とはまた違った緩やかな時は、選択の時を忘れさせるほどにただ穏やかに過ぎていくのだった。






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