聖なる夜、泡沫の宴



それぞれ時間を見計らい、寮生達以外が帰り始め、それを皮切りに緩やかに幕締めを迎えたクリスマスパーティー。それぞれの思いを今日限りは蓋をし、そうして何事もなく楽しい時を楽しいままに幕を降ろした今。緑の暗闇が世界を支配するこの時間帯に、寮の屋上に三つの影が並んでいた。


「今日はありがとう、戒凪。戒凪がこのパーティー、企画してくれたんだって聞いたから」
「あ、僕からも。ありがとう、戒凪君。まさか僕までこんなに楽しい日を過ごせるとは思ってなかったから......ちょっと不安だったし、いろいろ、申し訳なくもあったんだけど......でも、楽しかった」


ありがとう、と、もう一度告げて微笑むイルも望月も、その笑みはどこか切なさを漂わせながらも、それでもちゃんと嬉しそうにも見える笑みを浮かべて。そうして伝わる感謝は、梓董からしても同じ気持ちだった。


「いいよ、気にしなくて。俺がしたくてしたことだし。俺の方こそ、来てくれてありがとう」


微笑む返す梓董の想いに、その言葉に。イルも望月も顔を見合わせ、そうしてもう一度笑いあう。皆が揃って同じ想いを抱いたという事実がどこかおかしくて、けれど、なんだかとても嬉しかった。


「ね、そういえばさ、戒凪と綾時はプレゼント、なに貰った?」


企画をし、参加者を集め、会場を押さえる。その辺りのことは概ね梓董が行ったが、肝心のパーティーの内容ともなるとそうはいかなかった。

元々、あまりそういったことに関心が薄かったのだ。クリスマスパーティーとは何をどうするものかも、何をどうしたらいいかも梓董が知ることはなく。だからこそその中身、料理に関してや、今イルが口にしたプレゼント交換なども全て、山岸や岳羽が考えてくれたこと。

幼い頃にも学校行事か何かで経験したことがあるような、クリスマスの音楽に合わせて持ち寄ったプレゼントを皆で手渡しながら流し、そうして音楽が止まった時に手にしていたプレゼントを貰う。定番らしいその方法は、初体験である望月を大いに喜ばせ、それ以外の者達も何が当たるかわからないそれに高揚し、楽しんでいたようだった。


「僕、手編みの手袋貰っちゃった! 光子おばあさんの手編みなんだって! ちょっと小さいけど、でもちゃんと入るし、すごくあったかいんだ」
「わ、良かったね! おばあちゃん、器用だもんなあ……。あ、戒凪は?」
「ストラップ」
「へー、ってそれ、もしかして結子の手作りの!?」
「そうなの?」
「んーとね、ビーズとか組み合わせてできるセットでがんばって作ったって言ってたよ」
「そっか。じゃあそれっぽい」
「大切にしてね」
「うん」


そういうイルは何を貰ったのか。望月が問い返せば、彼女はこれ、と、パーカーのポケットから一つの黄色いボールを取り出す。それは......。


「もしかして、コロマルの?」
「みたいだね」


コロマルも、仲間だから。
寮生ではない者達はさすがに犬がプレゼント交換に参加したがったことに驚いていたが、事情を知り、共に死闘を潜り抜けてきた寮生達はそんなコロマルを蔑ろにできるはずもなく。結果が、今のイルの手元のようだ。

ちなみにそのコロマルには、文吉が用意してきたらしいお守りがうまいこと行き当たり、それを首輪に括りつけてもらったコロマルは嬉しそうに尻尾を振っていた。かわいいことこの上ない。


「自分の遊び道具がプレゼント......。じゃあ、遊んであげないとね、イル」
「だよね」


その時は俺も一緒に遊ぶから。続けられた梓董の言葉に、イルは嬉しそうに頷いた。コロマルもきっと、彼女の手元にそのボールが行き渡ったことを喜んでいることだろうと、その笑顔を目にそう思う。

ちなみに。どういう因果かはわからないが、何故か伊織と真田は互いのプレゼントを交換しあう形となり、その中身に互いに苦情を口にしていた。真田が用意したプロテインセットと、伊織が用意したカップラーメンセット。意図は知らないが、結果が自業自得気味であり、被害を免れた他の皆から、呆れやら安堵やらの声が聞こえていたことは言うまでもない。


「えー、と、それとね。これ」


少しだけ逡巡する素振りを見せ、そうしてから改めて切り出すイルの手元に、先んじてしまわれたボールの代わりに取り出されたのは、二つの小さな袋。そこに設えられたリボンの青い方を梓董に、白い方を望月に差し出した彼女は、どこか照れ臭そうに微笑んだ。


「大したものじゃないんだけど、でも、二人には別にちゃんと渡したかったから」


開けてもいいか。尋ねる望月にイルが頷いたのを見て、倣うように梓董もその包みを開く。そうして取り出されたそれは、青い蝶をモチーフにした小さなピンバッヂで。それぞれ、望月の蝶には赤の、梓董の蝶には緑の鮮やかな石が嵌められていた。


「戒凪のはアマゾナイト、綾時のはガーネット。ちょっとしたお守りだと思ってもらえたら嬉しい」
「ガーネットかあ......。何か意味があるの?」
「んー......。ガーネットは友情、アマゾナイトは......希望」


希望。望月に答えると共に梓董に渡した石の意味も教えてくれるイルは、どうやら店頭で店員から教えてもらったのだという。心の中で彼女が教えてくれた意味を反芻し、梓董は手の内の小さな蝶を、大切に抱え込むように包み込んだ。


「ありがとう、イル。それと、俺からはこれ」


小さな蝶は再び大切に袋に収められ、代わりにではないが、今度は梓董がイルと望月に小さな紙袋を差し出す。クリスマスパーティーから解散して、三人で一度ここに集まろうと決めた時に、部屋から持ってきたものだ。改めて三人で集まりたいと口にしたのこそイルだったが、彼女が言わなくとも梓董が誘うつもりだったから、どのみちこれは二人の手元に渡らせることができたはず。そのために用意したものなのだから、結果として二番手にはなってしまったが、それでも満足だった。


「そ、そんな、悪いよ」
「俺もイルと同じ気持ちだったから。イルと綾時には、別にちゃんと渡したかったんだ」


だから受け取って。
微笑み告げれば、申し訳なさそうにしていたイルも、おずおずと紙袋を抱え込み。中を見てもいいかと問う望月に頷いたことで明らかにされたその中身は、どちらも共に腕時計だった。


「うわ、かわいい!」
「それ、色違いの同じデザインのもの、俺の分も買ってあるから、一応、お揃い」
「え! わあ、すごく嬉しい! ありがとう!」


月と星のデザインが施された盤面。それはまだ望月がファルロスの頃から、そしてイルと出会ったあの夜も。ずっとずっと三人で刻んできた日々の象徴。

ひとつひとつ、歩んできた想いの象徴なのだ。

その想いを手の中の時計に宿し、喜ぶイルと望月の姿は、贈った側である梓董の気持ちも暖かく染める。大切なものは増えたけれど、その中でもやはりこの二人は特別なのだと、そう実感しながら微笑めば、今度は望月から小さな袋が差し出された。


「なんだか、嬉しいね。みんな、考えることは同じだったんだ」


今度は、僕から。
差し出されたプレゼントに、もうイルも困惑を見せることはなかった。

望月の言うように、確かに少し嬉しい。プレゼント自体も確かにそうだが、何よりもそこに纏わる想いこそが、その想いに宿る同じ温もりこそが、何だか嬉しいのだ。

そう教えてくれた望月が、その想いを形に宿す術として選んだのは、短いチェーンに吊るされた、桜の花を閉じ込めた、透明の小さな四角い細工物だった。ストラップ同様、きっとどこにでも付けられる、お洒落な飾りだ。


「こういう時って何を買ったらいいかわからなくて。でも、二人のことを考えながら買うの、すごく、楽しかった」


全てが初めてで、全てがいとおしい。そんな想いを体現するかのような望月の笑顔に、なんだか胸が熱くなるような想いが込み上げる。こんなにも近いのに、こんなにも遠い彼が、ひどく、切なかった。


「ありがとう、綾時。大切にする」
「あたしも。戒凪から貰ったものも、綾時から貰ったものも、全部全部、大切にするから」


ずっと、ずっと。こんな風に。

聖なる夜に願いが叶うとするならば、いつまでだって、三人で。



口にはできない願いは、胸の中で燻っていた。






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