聖なる夜、泡沫の宴



「んで。お前、結局イル狙いだったのか?」


数日ぶりに会う友人。ほんの少し前までは一緒につるんで、一緒に笑って、一緒に馬鹿をやって。毎日を賑やかに過ごす傍らにはいつも彼がいたのに。今ではその距離がひどく遠いものに思えてしまい、正直、どう話したらいいかもわからなかった。

それなのに、緊張しつつ果たした対面でかけられた言葉に、そのあまりにも今までと変わらない伊織の態度に、望月は思わず拍子抜けしてしまう。


「そんなんじゃないよ。それは確かにイルのことは大切だけど、でも彼女には戒凪君がいるから」
「あー、まあな。イルってやっぱ、戒凪のことしか見えてないって感じだし?」


うんうん、と、何をどう捉えてか、一人納得したように頷く伊織は、望月の肩を組みその体を引き寄せると、まあ落ち込むなよと検討違いの励ましをくれた。


「よっし! ここは傷心の綾時をオレッチ達がやさしーく慰めてやろうじゃんか!」
「え、ちょ、順平君、傷心って......」
「おーい、真田サンに天田! ちょっと付き合って欲しいんだけど」


聞く耳持たずか。勝手にどんどん話を進め、更には真田達も巻き込むつもりらしく呼び寄せるものだから、望月の戸惑いは深まる。

いつもよりも若干無駄にテンションを高めようとする彼が、いつも通りを貫くために空回っていることくらい、望月にはわかっていた。同時に、そうしてでも自分に接しようとしてくれている彼の気遣いもわかっているから、うまい言葉の返しが思い付かないのだ。

そんな不器用な優しさが、とても......嬉しかったから。


「なんだ、順平」
「いやあ、実はこいつ、失恋したみたいで。一緒に慰めてやって欲しいんスよね」
「失恋? お前、しばらく見ない間にそんなことになってたのか」
「え、いや」


なんだ、この会話は。
こんな日に重々しい話題を持ち出せとは言わないが、それにしても浮わつき過ぎではないだろうか。伊織がどこまで本気かはわからないが、応じる真田はどこまでも本気で話を捉えている。

違う、と、否定したいところなのだが、そうはさせないとばかりのタイミングで、今度は天田から同情の声がもらされた。


「仕方ないですよ。イルさん、どう見たって梓董さんしか眼中にないですし」
「え」
「何!? お前の失恋相手はイルなのか!?」
「ちょ! 真田サン、声でかいって!」


望月の失恋と聞いてすぐに相手をイルと断定されたことに戸惑う間もなく、真田が大声で驚きを露にしたものだから、伊織が慌てて彼を諌める。すぐさま我に返り、申し訳なさそうに謝る真田に、もはや望月からは苦笑しか出てこなかった。


「じゃ、とにかくそういうわけなんで、傷心綾時を慰めようの会、始めましょー!」
「いや、クリスマスパーティーですし、これ」
「いいからいいから! 水さすなよ、少年」


何だか微妙な誤解が解けないどころか広がってしまったようにも思えるが、こうして皆が望月として自分に接してくれている。その事実が嬉しくて、それに関する勘違いくらいまあいいかと。流されるように否定を諦めた望月もまた、輪の中で笑みを刻んでいるのだった。




イルも望月も、最初は戸惑いの方が強そうに見えたが、次第に笑顔が増えてきている。皆から少しだけ離れた場所、ソファの方でコロマルと共に古本屋の老夫婦と過ごしていた梓董は、時折望月らの様子を窺いながら、その緩やかな変化に微笑を浮かべた。

聖なる夜。特段宗教に関わりを持っているわけでも、未だサンタクロースを信じているわけでもないが、それでも今日くらい特別視しても構わないだろう。今日くらい、二人も楽しんで罰は当たらないはずだ。

苦しいのも辛いのも、何も寮生達だけに限ったことではない。イルや望月だって苦しんでいるし、悩んでいるはず。だからこそ、二人にも今日くらいはその荷物を置いて、皆と同じように楽しんでもいいではないか。

二人のことが大切だから、だから笑っていて欲しい。

そんな願いで今日のこの時間のため奔走した梓董は、そうして見ることの叶った、願った通りの二人の笑顔を目に、ひそりと内心で満足していた。その内心を表すかのように、知らず穏やかな微笑を刻んでいた梓董を、事情は知らなくとも何かを察しているのか、老夫婦はただただ優しく見守ってくれる。もちろん、コロマルもだ。


「今日はありがとう、戒凪ちゃん。こんな年寄りにまで気を遣ってくれて」
「ワシも婆さんも、こんなに賑やかなくりすますは久しぶりじゃ。楽しそうな若人達を見てると、ワシらも楽しくなってくるのう」
「ええ、本当に」


ふふ、と、変わらぬ柔らかさで笑う光子と、言葉の通り楽しそうに若者達を見守る文吉。そんな二人の傍は、やはり変わらず暖かな空気に満ちている。


「楽しんでもらえているなら良かった。せっかくのクリスマスだし、おじいさんとおばあさんとも過ごしたかったから」
「おお、おお! 本当にいい子じゃなあ、戒凪ちゃん。ワシはもう、嬉しくて嬉しくて。いい孫をもったのう、婆さん」
「ふふ、そうですね」
「でも戒凪ちゃん、本当のところはどうなんじゃ? ほれ、イルちゃんと二人っきりで過ごしたかったんじゃないのかのう」


また始まった。
先程までのどことなくいい話風の空気はどこへやら、その年にして恋愛話が好きなのかとも思える文吉の持ち出した新たな話題に、しかし今の梓董はそれを邪険に思うこともなく。だからなのか、そこにはもしかしたら出会った頃に口にしていたように、イルを案じる想いも含まれているのではないかと、そうも思えるようになっていた。

いつもならばここは光子かイルが話題を変えることを願う場面だが、今の梓董は特段どうしてもそれを望むこともない。小さな笑みを浮かべたまま、しっかりと文吉と向き合う。


「考えなかったわけじゃないけど......でも今は、イルと綾時が少しでも笑ってくれていた方が、嬉しいから」


それは今日のこのパーティーの一番の目的。心からの願いに、文吉も光子も優しく、そして穏やかに微笑んでくれる。慈愛に満ちた、包み込むような柔らかさも纏った笑みだ。


「戒凪ちゃんは、本当にイルちゃんと綾時ちゃんがだいすきなのね」


微笑ましそうに、そしてどこか嬉しそうにも感じる柔らかな声音で光子に紡がれ、真実であるそれに、迷うことなく梓董は頷く。その答えは、二人の笑みをより一層深めるものだった。


「おじいちゃん、おばあちゃん! それに、戒凪とコロマルも! メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」


それぞれ今までの談笑が一区切りついたのか、それともとりあえず皆に挨拶をして回ることにしたのか、イルと望月が揃って顔を出す。にこやかに微笑みながらの二人の来訪に、光子と文吉が喜ばないはずもなく。嬉しそうに表情を緩ませながらすぐさま二人を招き入れ、自分達の座るソファの空いている場所へと促した。


「イルちゃんも綾時ちゃんも、よく来たのう。今二人の話をしとったんじゃよ。まさにぐっどたいみんぐじゃ!」
「え、僕達の話?」
「ええ。みんな仲がいいのねって話してたの」


気を遣ってなのか、それともそう解釈したらなのか、顔を見合わせ首を傾げあう望月とイルに、光子はそう笑いかける。あながち間違いでもないそれを文吉が否定することもなく、要点だけ摘まんで理解することになった望月とイルはもう一度顔を見合わせ合うと、今度は揃ってどこか嬉しそうな笑みを浮かべてみせた。


「うん。それに僕達みんな、二人のこともだいすきだよ」


ね、と。笑顔で求められた同意を断る必要など、梓董にもイルにもどこにもない。頷いて見つめる先で、今度は老夫婦の方が嬉しそうに微笑む番だった。


「ワシらは幸せもんじゃのう、なあ、婆さん」
「ええ、ええ。本当に、いい孫達がいてくれましたね」


目の端に光る雫を浮かべる光子を、文吉が優しく宥める。そんな穏やかな光景を、梓董達もまた、柔らかに見守るのだった。




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