聖なる夜、泡沫の宴



「ところで。転校しちゃった望月君が今日だけ特別っていうのはわかるけど、何でイルまで学校来ないの?」
「そうそう。それなのに今日はちゃっかり一緒に来てるし。なーんか怪しくない?」


パーティーも開始され、各自ビュッフェスタイルで料理を取り始める頃になると、次第にあちらこちらで賑やかな声が聞こえ始める。とりあえず呼ばれるままに西脇達と合流したイルは、同じように伊織の元へ合流した望月を心配そうに見やっていたが、その心配も杞憂だとばかりに笑い合う二人の姿を見ることができ、安堵の息を吐いた。

そうした折の、岩崎と西脇の今の言葉だ。寝耳に水ではないが、想像もしていなかった言葉に思わず目を見開く。


「え、えええっ!? あ、怪しいってなに!?」
「ほら、梓董君から乗り換えたんじゃないかな、とか?」
「ななな......!?」


そうか、事情を知らない者からすればそう見えてしまうものなのか。

確かに、望月が学校に来なくなりしばらくしてイルも登校をやめ、その理由すら明らかにしていないのに、今日は望月と二人でこの場に現れた。となれば、疑ってしまうのも無理はない。

どうなの、と、少し意地悪く笑みを浮かべて問う西脇と、そんな彼女に苦笑しながらも止めはしない岩崎とに挟まれ、イルは面白いくらい顔を真っ赤に染め上げ、勢いよく首を振った。


「ちちち、違うって! 綾時とはそんなんじゃ......!」
「へー、じゃあやっぱり、あくまでイルは梓董君一筋なわけね」
「そ、そりゃあ、もちろんですよ」
「そっか。良かったね、梓董君」
「へ?」


きょとり。西脇の言葉に今度は強く頷いたイルは、そこから繋がった岩崎の言葉に目を瞬かせる。何を言われたかは理解に遅れたが、にこやかに笑う二人の視線を目に、全身から嫌な汗が吹き出すのを自覚した。

まさか、まさか。
嫌な予感を胸に恐る恐る振り返れば、その視線で捉えたのは確かに梓董の姿。けれど彼は入り口側のテーブル側で、ソファに腰掛ける老夫婦との談笑に花を咲かせているようだ。こちらの会話など聞こえてはいないだろう。

安堵に胸を撫で下ろしたイルは、そこで初めて嵌められたのだと思い至る。気付くと同時に怒りにも似た羞恥を覚え、先程までとは違う理由で頬を染め、西脇達に向き直った。


「もー! びっくりしたじゃん!」
「あはは、ごめんごめん。面白いくらいに引っかかってくれたから、ちょっと楽しかった」
「うん、イル、かわいい」
「うー......バカにされてるとしか思えないんですが」


むう、と、僅か頬を膨らませて見せるイルに、西脇と岩崎は顔を見合わせ。それからどこか寂しさと優しさを混ぜたような笑みを揃ってイルに向ける。


「そんなことないよ。でも」
「それだけ心配はした、かな」


だからこれは、心配をかけた罰なのだ。
言外に語る二人に、イルはようやく思い知る。

どこまでも優しく暖かなこの二人が、友達のことを心配しないはずがなかったのだと。

申し訳なくも、二人には語れない事実はある。語ってもきっと理解を得られるような話ではないし、全てを話すにはイルの一存ではできないこともあった。知らなくてもいいことでもある。そんな思いはエゴかもしれないが、それでもきっとこれはこの先も話すことはできないだろう。

わかっているから、わかっていたから、イルはずっと、彼女達に負い目を覚えていたのだ。それはこの先も変わることはないだろう。

だけど。

甘えだとわかっている。
狡いことだと、承知もしている。

それでも、彼女達が大切だから。だいすきだから、傍にいたいと願ってしまうのだ。


「ごめんね、結子、理緒」
「いいよ、もう。元気そうだしね」
「そうそう。さっきのでちょっとは気が晴れたし、チャラにしてあげる」


ね、と笑ってくれる二人はきっと、イルの謝罪の向かう大きな部分はわかっていない。そうわかってはいても、何を言うこともできないイルは、ただただ二人の優しさに甘え、微笑み返すことくらいしかできなかった。


「ほら、もういいから!せっかくのクリスマスなんだから楽しまないと!」
「イルは梓董君とふたりきりじゃなくて残念かもしれないけど、こんなに豪華な食べ物、なかなかお目にかかれないもんね」
「も、もう! 結子! あ、あたし別にそんなつもりじゃ......」
「はいはい。あ、ほら、あれおいしそうだよ!」


何も訊かない二人の優しさが胸に痛いけれど、それでも。

そんな二人が、本当にだいすきだから。

イルは心の中でもう一度、二人に小さく謝るのだった。





今日のこのパーティーを最初に企画したのは意外にも梓董だった。

寮の全権を担うからか、はたまた普段からイルと親しくあるからか、おそらくその両方からだろう、その話を真っ先に受けたのは、他でもない桐条で。この日だけはせめて、イルや望月を含めて皆で、と、そう望まれて個人的には賛同したくもあったが、正直なところ無理だという思いが先に立った。

死に向かう現実。押し潰されそうな恐怖と不安を前に、それをもたらすという者と、その日を知るとしながら詳しく語ろうともしない者と、何も知らなかった時のように平然と過ごせと言われても無理がある。人はそんなに容易く割り切れる生き物ではないし、簡単に乗り越えられるものでもないから。

寮を使うことには許可を出し、イルを思い、個人的には賛同した桐条は、けれどそれがきちんと形になるとは思ってもいなかったのだ。

それなのに。どうやってかは知らないが、梓董は見事にここに集まった全員の理解を勝ち取ってきた。

事情を深く知らない者は別として、イルと親しくしていた山岸や真田、天田もともかく、おそらく渋るだろうと思っていた伊織や岳羽まで。否定はせずとも参加はしないのではないかと正直思っていた二人を、彼がどうやって説得したのか。問い、得た答えは、人はそんなに容易く割り切れる生き物ではないからというもの。

桐条が思うそれは、死を前にした負のイメージによるものだったけれど、何もそればかりに限ったものではなかったのだ。

いくら死を招くからといって、いくら未来を語らないからといって、それまでの彼らとの思い出がなくなってしまうわけではない。岳羽も伊織も、望月達が自分達と同じように笑ったり泣いたり、何かを大切に思えることを知っている。だからこそ、きっと割り切れなかったのだ。

彼らが、ひとではない、などと。

だからせめて今日だけは。その梓董の提案に賛同してくれたのだと思う。


「あ、え、と。その、ちょっと、いいですか?」


せっかくだから、自分達も楽しもう。そう思い、談笑していた桐条と山岸、岳羽の元を訪れたのはイル。どこか気まずそうに視線を迷わせる彼女は、もしかしたら桐条達よりも今日この場に来ることに勇気を必要としたのかもしれない。

そんな彼女の姿に、一度顔を見合わせあった三人は、それでもすぐに彼女を受け入れた。


「どうした」


代表して桐条が問えば、イルは緩々と顔を上げ、そうして一度皆を見渡すと、勢いよく頭を下げる。


「その、今日はありがとうございました!」


改まって何事かと思えば、どうやら礼が言いたかったらしい。その勢いに思わず目を瞬いた三人は、けれどすぐに揃って小さく笑いかけてくれる。


「いや、礼なら梓董に言ってくれ」
「うん、今日のこと、企画してくれたの梓董君なんだよ」
「みんなの説得も、全部梓董君がしてくれたしさ」


桐条も、山岸も、岳羽も。揃って口にするのは梓董の名。そうして和やかに笑い合いながら、続ける言葉も揃って感謝だった。


「本音を言うとさ、実はあんまり乗り気じゃなかったんだよね。でも、こうして集まって皆でわいわいやってると......何か、このパーティー、開いてもらえてよかったな、って思う」
「そうだね。なんだか屋久島のことや、修学旅行のことを思い出します。あの時もいろいろあったけど、でも、今日と同じで楽しかった」


岳羽が、山岸が、それぞれの想いを、今日この日に乗せる。その結果が、この機を与えてくれた梓董への感謝に繋がっているようだ。

いろいろあって、まだ問題は解決などしていないけれど。それでも、今この瞬間だけは全てを置いて楽しめる。

これがきっと、本来の年相応の姿なのだと、どこかで遠く感じながら。


「私達は私達なりに楽しんでいる。だからイル、君も、望月も、今日は楽しんでくれ」


私も後で結子達のところに顔を出すつもりだ。そう続けて微笑む桐条に、もう一度視線を馳せた先の山岸と岳羽の姿に。

イルは少しだけぎこちなくも、小さく、笑みを返した。




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