聖なる夜、泡沫の宴



クリスマスイブ。聖なる夜と唄われる今日、本来ならばそんな明るいイベントの日であろうとその気になれなくとも仕方のない今。だからこそその鬱々とした現状を今日だけでも賑やかに過ごさないかと、そう提案を持ちかけたのは、意外にも梓董だった。

普段であればそんなイベント事自体と縁遠く過ごす彼が、一体どういう風の吹き回しか。持ちかけられた相手はすぐに思い浮かんだその理由を脳裏に、そのまま納得を示す。同時に、同じ思いから迷いなく同意も示すのだった。






《12/24 聖なる夜、泡沫の宴》






クリスマスパーティーを開くから、プレゼント交換用のプレゼントを持参し、参加するように。

そうメールでの通達を受けた望月とイルの反応は、揃って同じ戸惑い。誤送信ではないかとも疑ったが、生憎本文にもしっかりと二人の名が刻まれていたのだから、誤りなどどこにもない。

それでもいくらなんでも今この時期に、望月やイルを招いてクリスマスパーティーを開こうなどと、そう思ってもらえるような存在ではないことくらい、二人とも自覚している。

死を招く存在と、滅びの日からやって来たとはいえ、その日のことを語ろうとしない存在。皆で楽しもうというその場には、事情を知ればひどく不釣り合いにしか思えないのだ。

だからこそ改めてそのメールの送信者、梓董に電話で問い直したが、それでも返された答えはメールにあった通りのものだった。皆ともきちんと話して決めたから。そう言われてしまえば、断る術などなくなってしまう。

結局、押しきられるままに、けれど不安や心配を拭いきることのできないまま、それでも望月とイルは指定された時間に巌戸台にある寮を訪れたのだった。


「え、えー、と。お、お邪魔しまーす......?」


恐る恐る。開いた門扉から若干顔を覗かせた。門前でどちらが先に入るかで僅か揉めたが、結局元々この寮に部屋も持つことから、イルが扉を開く役目を押し付けられたのだ。いつもの調子でとはいかず、全身を滑り込ませる勇気の持てないらしい彼女は、頭だけ押し入れ、きょろきょろと忙しなく辺りを窺っていた。


「......何やってるの」
「わあ!」


突然、扉が内側からの力で大きく開かれ、そこに寄りかかっていたイルの体勢が大きく崩れる。当然のようにそこまで予期していたらしい、その扉を開いた張本人である梓董が素早く腕を伸ばし、小さな彼女の体を支えた。


「あ......戒凪......」
「もうみんな集まってるよ。覚悟、決める」


綾時も。
加えて、イルの体勢を直させながら、彼女の背後に所在なさげに立つ望月へと梓董の視線が移ろう。促されても気まずそうに一歩を踏み出せないでいる二人の腕を取り、梓董は力付くで室内へと招き入れた。

細身のその体のどこにそれだけの力があるというのか。伊達に剣道をやっているわけでも、対シャドウへの戦闘スタイルが拳なわけでもないらしい。問答無用の強制力に、それでも望月とイルの足は重い。


「ほーら、イル! 何、ぼーっと突っ立ってんの! 早くおいで」
「え、あ、結子?」
「......綾時も。待ちくたびれたぜ、早く来いよ!」
「順平君......」


見れば、ここに揃ったのは何も寮生達に限ったものではないらしい。ラウンジの奥のテーブルにも、手前のテーブルにも所狭しと豪華な料理の数々が並べられ、それを囲う面々の中には、イルや望月とも仲のいい人達......西脇や岩崎、古本屋の老夫婦までいた。

きっと、イルや望月に気を遣ってくれたのだろう。容易に知れるそれに、先程までとは別の理由から足が動かなくなってしまう。

望月を呼んだ伊織や、他の寮生達にしてもそうだ。彼らの正体を知る前と同じその対応を、知ってなお繕うために、どれだけの想いを押し込めたのか。勇気とも呼べる感情を必要としながらも、それでもそれを行使してくれるその姿は、間違いなく優しさだと思う。何も思わないわけも、何も口にしたくないわけも、ないだろうに。

本当に、今日だけは特別ということか。

戸惑いながらも胸が熱くなるような想いが込み上げ、つい泣きたくなってしまう。それを何とか耐える望月とイルの背を、今度は優しく梓董が押した。


「呼ばれてるよ」


囁くような、柔らかな声。それに促され、望月とイルは互いに目を合わせ頷き合うと、今度こそしっかりと足を進める。

蟠りがないわけでも、しこりや柵がないわけでもない。だけど今日は、今日だけは。

そうしてくれる皆の想いが、ただただ嬉しかった。






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