きみの強さは



ここに訪れることは、何も珍しいことでもない。最初は、一人で。今は割と二人で来ることも少なくはないこの場所は、真っ白く、どこか独特な空気の漂う空間。

そこに置かれたベッドで眠る友人をこうして見下ろすことにも、もう慣れてしまった。

近況報告や、仲間のこと、どうでもいいような軽い世間話。返事が返ることはないとわかっていながらも紡ぐ話は、それでも弱音だけはこぼさなかった。

心配をかけないように。確かにそれもあるけれど、それはそう、プライド、なのかもしれないとも思う。

彼はとても......誰よりも、強い人だから。

対等になりたい。彼のいる、高みで。

願う真田は今日もまた、天田と二人、眠り続ける荒垣の元へと訪れたのだった。






《12/20 きみの強さは》






偶然、だろうか。
いや、聞けば彼女も幾度かここに訪れてはいたそうだから、来るべくして来た日なのかもしれない。

真実を語り、そうして自ら去っていった白い少女、イルは、先客としてただ静かに荒垣の眠るベッドの傍に佇んでいた。

正直、全く戸惑わなかったわけではない。既知していた邂逅ではないのだ、驚いても仕方ないだろう。
けれど冷静に考えてみれば、彼女は荒垣と仲が良かった。こうして見舞いに訪れることも、何も不自然ではない。

彼女の抱えていたことを、荒垣にも話したのだと聞けば、それはより納得を深める。

逃げようとすることもなくその場を動かなかった彼女を前に、こちらとてそうする理由などないと、真田と天田も入室すれば、アオイ眼差しは荒垣に注がれたまま小さな呟きだけが滑り出された。


「荒垣先輩にも、もう話しました」


何を、と、聞く必要はどこにもない。
ただ納得だけが築かれ、そのまま話に耳を傾けた。


「荒垣先輩は、どう、思うんだろうって」


答えなど、出るはずもないのに。それでも問いかけてしまうのは自分の弱さなのだと、彼女は小さく自嘲する。

その彼女の向かい側、ベッドを挟んでそこに立った真田は、彼女と同じように荒垣を見下ろした。最初にここに運び込まれた時よりも、その顔色はよほど良くなったように思う。


「お前が慕うシンジは、誰かに責任を押し付けるような奴だったか?」
「......いいえ」
「誰かの事情や想いを、軽々しく否定するような奴だったか?」
「............いいえ」
「お前の真実を知って、今までのお前を否定するような奴だったか?」
「......っ」


首を、振る。ひとつひとつゆっくりと言葉を重ねていく真田に、その言葉に、イルはただ、泣きそうに歪めた表情のまま荒垣を見つめるばかり。それでもぐっと涙を堪える彼女は、荒垣の前だからこそ、余計に泣かないよう心掛けているのだろう。泣いたところで荒垣は責めないだろうが、彼女もまた、荒垣の強さに焦がれているのかもしれないと思うと、それを指摘することは憚られた。


「シンジはお前を責めたり、怒ったりもしないさ。......そういう、奴だからな」


誰よりも強くて、そしてとても優しい。そんな荒垣を目に、真田は柔らかに表情を緩める。少しだけ刻んだ微笑を目の前の少女に向けるが、じっと落とされたままのアオとは向き合うことは叶わなかった。

それで、いい。構わないと、真田はそのまま言葉を続ける。


「それに、他の奴はどうだかわからんが、俺はお前が知っていることを言わなかったことに関して、特別どうおもうこともない」
「......え?」
「俺の選択は、俺のものだ。それで歩んできた道を誰かのせいにするつもりなんか毛頭ないからな」


死が怖くないわけでも、仮定を考えたことがなかったわけでもない。けれど。

それはやはり、自分が刻んできた軌跡なのだ。否定したくなどないし、だからこそ今こうして前を向いていられることもまた、事実なのだから。

それにきっと、そんなことでうだうだと足踏みをしてしまったら、荒垣に笑われてしまう。何やってんだ、と、彼ならこの背を押してくれることだろう。

絶対的な死を前に、それでもまだ、本当は諦めたくはないから。


「それに、言っただろ。大切なものは全部俺が守ると。......お前も、俺が守ると言ったはずだ。その気持ちは今も変わりない」
「......真田、先輩......」


ようやく上げられたイルの顔。向けられたアオからはいつものまっすぐさは潜み、僅か揺れる想いを宿していた。

多分、本当はずっと、その想いを隠していたのだろう。不安でも、苦しくても、それでもそれ以上に大切なものが、彼女にはあるのだから。

その強さは、もしかしたら。


「僕は......真田さんや荒垣さんほど強くありません。でも......強く、なりたいと思うから。だから......」


真田と同じく、荒垣をじっと見つめていた天田の視線もまた、イルへと向けられる。

まだ子供である彼が、年相応から離れたこんなにも強い決意を表せることは、もしかしたらもったいないことなのかもしれない。子供であれる内を奪われてしまったことに他ならないから。

けれど、だけどそれは、彼自身からすればそうではないようだった。


「僕も誰かの......イルさんのせいにはしません。それは......後悔していないとは言い切れませんけど......だけど、そのお蔭で僕は大切なことを教えてもらえたから。大切なものを、学ぶことができたんだから」


それは確かに間違えることのない道が歩めるなら、その方がいいのかもしれない。けれど、間違っても失っても、それでもまた顔を上げられる強さを、何かを掴める強さを、人はもっているのだから。

だからこそ、自分の道は自分で決めるべきだろう。誰かのせいにしないためにも、自分を一つずつ、強くするためにも。


「それから、イルさんたちが教えてくれたんですよ? 僕は、ひとりじゃないって。だからイルさん、イルさんも、ひとりじゃないんです」
「天田くん......」


ありがとう。

震える声で、それでもはっきりと紡ぐイルに。

かつてよりもよほど強くなった真田や天田の姿に。

眠り続ける荒垣の表情が、少しだけ、和らいだ気がした。






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