向き合うために



必要な時に呼んで欲しい。
そう告げて去っていった白い少女は、その言葉に違わず、きちんと連絡に応じてくれた。

話を、したい。仲間としても、友人としても。きちんと向き合いたいのだ、彼女と。

そう思ったのは自分だけではなかったのだと、彼女からの返信のメールを受け、理解した。






《12/13 向き合うために》






白い少女、イルに指定されたこの場所は、彼女に宛がわれた寮の部屋。今日は休日ということもあり、逆に寮内に残っている者の方が少ないだろうというその判断から決められた。

集まったのは、当人たるイルの他に桐条と山岸の二人。示し合わせたわけではないのだが、どうやら二人とも似たタイミングで彼女にメールを送ったらしい。一緒で構わないかと返された返信に、一応二人で相談して了承を返したのだ。

そうして、指定した時間よりは少しだけ早くやって来たイルの誘いにより、彼女の部屋を訪れたわけだが、思い返せばこうして彼女の部屋に踏み入ったのは、二人ともこれが初めてのことだった。

与えられた時のまま、ほとんど手を加えられていない部屋。ベッドのシーツにすら皺ひとつなく、そこはまるで......生活感など、ない部屋だった。


「えー、と。なにもないんですけど、どうぞ適当に寛いじゃってください」


促されるが、どうしたらいいか悩んでしまう。足の踏み場もないほどに散らかった伊織などの部屋も座る場所を見つけるには苦労しそうだが、こうして何もない部屋はそれもそれで座る場所を探すことに困るものだと初めて知る。とりあえずベッドに腰掛けた桐条を目に、山岸は悩みながらもその傍の床に座ることにした。


「......本当に、何もないんだな」


本題に踏み込む前の気持ちの整理も兼ねてだろう、率直な見たままの感想を桐条が口にする。触れていいことかわからずに触れられずにいた山岸にしても、同じ感想は抱いていた。

その言葉に、イルは備え付けの机から椅子を引き出し、そこに座りながらさも何でもないことのように答えを紡いだ。


「まあ、あたしには必要ないものですし」
「確かに、どうしてもと迫られることはないだろうが......不便じゃないのか?」
「心配してくれて、ありがとうございます。......でも、あたしはもうひとじゃないんです。本当は、寝る必要も食べる必要もないんですよ」


眠れないということも、食べられないということもないけれど。

そう締め括られた言葉に、まるで頭を強く殴られたかのような衝撃がはしる。自分たちはもしかしたら、無意識の内にでも彼女の言葉の意味を軽く捉えていたのではないだろうか。

彼女の気配は他の人とは違う。それは桐条と山岸にはとうにわかっていたこと。

人と言い切れないその気配は、シャドウにも似て違うようでもある、不思議なものだった。

それは望月の......デスの力の片鱗を持ち合わせているからだったのだと、今ならわかることなのだが......だが、それでも。

笑って、怒って、楽しんで、悲しんで。そうした感情の豊かな彼女を、ひとではない、などと、どこかで理解しきれなかったのかもしれない。その証拠の片鱗など、こんなにも近くにあったのに。


「それ、は......」
「あ、気にしないでください。あたし自身が困ってるわけじゃないですし、さっきも言いましたけど、必要ないだけでできないわけでもないですしね」


それより、話たいことについて話しましょう。

変わりのないその態度が、何だか逆に痛ましく思えてしまうのは、もしかしたらエゴなのかもしれない。彼女の本心は計れないが、それを辛くないはずがないと決めつけてしまうのは、果たして彼女の望むことなのだろうか。

わからないけれど、でもだからこそ、自分たちにできることなどきっとない。

彼女は、それが自分の選択なのだと、強く強く言い切っていたのだから。

何か力になれることがあればいいのだが。そうも思うが、今の自分たちにそれだけの余裕もないことも理解しているため、彼女の言葉に甘んじるように本来の話へと踏み込んだ。


「正直に言えば......私は、滅びの日のことが聞きたい」
「わ、私も......教えてもらえるなら、やっぱりその日のことが知りたい、です」


どうしたって、死ぬことは怖いから。
言い繕ってみても、言葉を飾ってみても、そんなことは虚勢にしかなりはしない。

死にたくなどない。そのための方法を探す糸口になるかもしれないなら、どんな些細なことだって教えて欲しいのだ、本当は。


「それに、今までのことも本音を言ってしまえば、全て話して欲しかった」


可能性の話だとしても、仮定の話でしかないにしても、それでも、もしもが考えられてしまうなら。失ったものの重みは、その思考からそう簡単には解放してはくれないのだ。


「......すみません」


未来を、言えないこと。
知っていることを、伝えられなかったこと。

もしかしたら他にも込められた思うところがあるのかもしれないが、イルはただその一言だけを小さく告げるだけ。何も飾ることのない謝罪はいっそ潔く、けれどやり場のない感情の向かう先を押し込められてしまうようでもあり......。だけど、それを紡ぐ彼女の言葉に込められた感情は不思議なほどどこまでもまっすぐに思えるのだから、困ってしまう。

責めたいと、思うわけではないのだ。


「顔を上げてくれ、イル。私は君を追い詰めたいわけじゃないんだ」


苦笑混じりに。そう促す桐条の言葉を受けたイルは、少しだけ揺れている瞳を彼女に向ける。不安そうにも見えるそんな眼差しを目に、桐条は静かに立ち上がるとイルの傍まで歩み寄った。

迷いのないその動きをどこか不安そうに追うアオを見つめながら、桐条の手が柔かに銀糸に乗せられる。そのまま優しく頭を撫でてくれるその手のぬくもりは、桐条がイルに向ける眼差しと同じ温度に思えた。


「前に君は言っていたな。話さずに逃げたくはないと。私も今、同じ気持ちだ。本音を言えず、上辺だけの付き合いなど、君とはしたくなかった。.....私にとって君は、仲間でもあり、大切な友でもあるのだから」
「美鶴先輩......」
「そ、そうだよ! 私も......イルには、たくさん救ってもらった。料理だって、まだまだ未熟だけど、それでも頑張ってこれたのはイルがいてくれたから。私にとっても、イルは大切な友達だから......。だから、うやむやな気持ちのまま、いたくなかった」
「風花......」


全てを話せる仲になるというのは、きっととても難しい。けれどそこに近付くことは可能だろうし、何より想うことを言えずして溝を作ってしまうのは嫌だった。たとえ答えが得られずとも、その結果のための言葉はきっと、必要なのだ。

イルを、友達だと思うから。
イルと、友達でいたいと願うから。

そんな二人の言葉に、イルは少しだけぎこちなくも、けれどとても嬉しそうにはにかんだ。


「ありがとう」


死ぬことは確かに怖い。死にたくなどないのは当たり前。それなのに、桐条も山岸もこうして笑いかけてくれている。

願わくは、このままこの関係が壊れないでくれるように。

願いはきっと、三人同じものだとそう思えた。







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