本当の、彼女



必要な時に呼んで欲しい。
そう言い残し、どこかへと立ち去ってしまった彼女から連絡が届いたのは、昨日の夜のことだった。

話したいから、放課後、長鳴神社まで来てくれないか。

そんな内容のメールに、梓董が返した答えは、当たり前のように是だった。






《12/12 本当の、彼女》






このタイミングでの話など、内容を察するに易い。それはもちろん予想を裏切ることもなく、長鳴神社を訪れた梓董を迎えたイルが切り出した本題は、彼女自身のこと。そこに望月の姿もあったことには少しばかり驚いたが、どこか気まずそうな彼には悪い気もするが、冷静に考えれば彼がこの場に居合わせることはとても自然なように思える。

彼も、イルの件には深く関わっているようなのだから。


「えー、と。あの、あ、ありがとね、来てくれて......。その......ごめんなさい。今までずっと、黙ってて」


申し訳なさそうに俯く彼女は、元が小柄故に、そうして縮こまってしまうと、更に小さく見えてしまう。

黙っていたこと、言えずにいたこと。
その内容を考えれば、理由の如何に関わらず、言い出しにくいことであることに違いはない。唐突に未来から来ましたと言われてすぐさま理解を示せるようなそんな理を、世界は持ち合わせてなどいないのだから。

シャドウ、ペルソナ、デス、ニュクス。
およそ常識の枠に当てはまらないそれらを知っていようとも、受け入れがたい非常識はあるものだ。

だけど、そう、梓董には、イルの言葉を信じないという選択肢はどこにもなかった。


「待ってるって、言ったから。俺はイルを責める気はないし、そもそもやっぱりそれは全部仮定の話だから、俺はイルが悪いとも思わない」


それはいつかもした話。
あの時彼女が言っていた、近い場所、とは、彼女が未来から来て、そして望月の......デスの力を僅かでも持ち合わせていることを示していたのだろう。望月が望月となる前、梓董の中で育まれていたデス、ファルロスも時折口にしていた、似ている、という言葉。今ならそれは彼女の中にある彼自身の力の片鱗を感じ取ってのものだったのだろうと理解できた。逆に、イルがファルロスに関して、その来訪日も察していた様子だったのも、そのためだったのだろうと思われる。

彼女はきっと、デスの力の僅かを与えられ、それ故にシャドウのことを察することもできるのだろう。それがどれだけかまではわからないが。

近い場所。そう表現した彼女の理由も、その意味も理解できた。けれどそれでもやはり、あの時こうすることができたかもしれないと思うことは、仮定の話を出ることはできないのだ。

話していても変わらなかったかもしれない。それもまた、仮定であるように。

イルも梓董も、もちろん他の皆だって、その時その時確かに全力を尽くしてきた。その結果はそれぞれが受け止めるべきものだ。そのための、自分で選ぶ選択なのだから。


「戒凪は、やさしいね。......やさし、すきるよ」


ごめんなさい。

それでも謝り続ける彼女の謝罪は、もう梓董には向いていないのかもしれない。

真実を口にできずに、そうして目の当たりにしてきた数々の出来事が、彼女にとって重荷にならなかったはずはなく。けれどそれも誰にも伝えることができず、苦しくなかったはずがない。悲しく、なかったはずはないのだ。

震える声で紡ぐ彼女の姿にどうしようもない儚さを感じ、梓董は思わずその小さな体を抱き寄せた。どうしてそうしようと思ったのか、その原動となる元はわからなかったが、それでも少しでも彼女の負担が減ればいい。
ひとりではないのだと、感じてもらえたらいい。
そう、思う。


「優しくなんてないけど、でも、そう感じるならきっと、それは俺がイルのこと、好きだからだと思う。なにがあっても、俺はイルの味方だから」


好きだという言葉を、その感情を認識してから彼女に伝えることを躊躇わなくなった。けれどその度に顔を真っ赤に染め上げ、わたわたと慌てていた彼女は、今はただ、梓董の背に回した腕に力を込めることで応えてくれる。

いつもと同じ、少し低めの体温が、冬空の下では暖かかった。


「......あのさ、邪魔して悪いかなとも思うんだけど、僕はいつまであてられてたらいいのかな?」


ふいに。割り込んできた声音は、苦笑を含みながらもどこか拗ねた空気を隠しきれていないもので。慌てて我に返ったのだろう、イルが即座に梓董の腕の内から飛び出してしまう。

少しばかり、望月を恨めしく思ってしまった。


「嫌な選択肢出した後だしさ、僕の正体もわかっちゃった後だし、本当は今日戒凪君に会うの、すごく怖かったのに。まさかこんな仕返し受けるなんて思わなかったんですけど」


空気扱いはさすがに寂しいなー、などと、先程までの気まずそうな態度はどこへやら、梓董の知る望月の姿に戻った彼のその様子に、少しだけ気が抜けてしまう。そういう意図があっての行動だったわけではないが、けれど望月にはそうであってもらえた方がいい。デスだからといって、望月が望月であることには変わりないのだ。長らく自分の中にいたせいか、あんな話を聞かされても彼を怖いと思うことはなかった。

彼はそう、梓董にとって、ともだち、なのだから。


「ごめんね、戒凪君。僕は本当は、君に会わない方がよかったのに」


一度話に踏み込むことができたからか、気持ちを新たに望月が紡ぐ。けれどそれは梓董には必要のないものだった。


「なんで?」
「え、な、なんでって......」
「デスだろうとなんたろうと、綾時は綾時だろ。ともだち、だから」
「戒凪君......」


言い切って伝えても、思いが届くかはわからない。それでも納得のいかない様子の望月は、もしかしたら恐れているのかもしれないとも思えた。

触れ合うことで苦しませてしまうかもしれないこと、けれど、欲してしまうぬくもり。

その狭間で揺れるような想いを表すように瞳を揺らす彼に、小さく、馬鹿だな、と思ってしまう。


「大丈夫。どんな選択も、自分で選ぶものだから。誰かのせいにはしないし、もう、どうでもいいとか思わないから」


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