彼女の、正体



「......あたしがそれを話して、信じられる?」
「そ、それは......」


彼女は認識しているのだろう。
今の自分に、どれだけの信用があるのかを。

そうでなくとも、その内容如何が信用度を左右することなど目に見えている。都合が良ければ信じ、もしも都合の悪い内容であるなら......。


「あたしは、あたしの望む未来のために、今を選んで手に入れた。あたしはもう、とうに選んだの。キミたちの選択は、キミたちのものだよ」
「......結末は言えないということか」


イルの、入峰の選択。彼女はもうそれを果たした。自分の選択を、自分の責任の内に果たしたのだ。

だから後は皆の番。誰かに任せるのではなく、誰かに委ねるのではなく、他の誰でもない自分のために。

選ぶのはいつだって、誰かではなく自分なのだ。

きっぱりと言い切るイルに、桐条が呟く。自分の選択だとはいえ、選ぶものがあまりにも酷すぎる。指針が欲しくないわけがないのだ。

けれどイルは、あくまでその話に触れようとはしなかった。


「未来は確約されたものじゃないと思います。あたしが手放した私の未来は、みんなの未来じゃないかもしれないから」
「なんだよ......ここまできて、また勿体ぶるのかよ!? オレたちが生きようが死のうが、お前には関係ないってことかよ!?」
「あたしが何を言おうが、どのみち、キミたちが選べる道は少ないでしょ。後はその選択の先に全てをかけるしかないと思うけど」


詰られても、罵られても。それでもイルの言葉はきっと、決して変わらない。突き放すような物言いにも聞こえるけれど、それでも彼女の言葉はどこまでも真実だった。

格好悪くても、無様に見えても、それでも命が惜しいと思うこともまた正しくもあるのだけれど。


「私、忘れるなんてイヤ。......だって、ここに来て、色んな事、分かったから......私......」


誰もが明確な答えを避けていた。
誰もが答えを紡ぐことを恐れていた。

当たり前だ。岳羽の言葉にもあったように、死に方を選べだなどと言われて、答えなど出せようはずもないのだから。

死への恐怖。失うことの、消えてしまうものへの、隠す術のない想い。それを抱えて、それでも平然としていられるはずなどどこにもないのだ。

その中で、ゆっくりと、そしてはっきりと想いを口にしたのは岳羽だった。

今まで幾度も災厄を招き入れた彼女の感情的な部分は、それでも彼女の強さでもあると、そう思わせるその言葉。偽りなく曝け出されるその想いは、他の誰もが躊躇った、確かな自分の選択。それを口にする強さは、もしかしたら皆にも伝わっていくかもしれない。

たとえその中に、強い恐怖が根付いていたとしても。それでもそう、自分で、選ばなければならないから。


「よし......。もうこういう半端な集まりは無しだ。どのみち、彼が再び現れるのは大晦日だ。それまでは普段通り過ごす事にしよう」


イルの言う通り、選べる選択肢は限られているのだから。

言葉にあるように普段通りの凛とした声音で告げた桐条に、皆それぞれまだ思うところはあるだろうが、それでも同意を示した。これ以上話し合ったところで実のある話にはならないだろうことはきっと、誰もがわかっているだろうから。

全ては、望月の告げたタイムリミット、大晦日の夜に。

それまで本当に普段通りを通せるかはわからないが、それでもその日までできることなどもうないのだ。......何があってもいいように、タルタロスに向かうことくらいならできるだろうが。


「あたしのことは、必要だったら呼んでください。その時には、ちゃんと応えるから。......今は、いない方がいいと思うんで、しばらくは外に出てます」


言い置くイルの行き先はおそらく、望月の元。彼女にとっては彼もまた、大切な相手なのだ。確信があるわけではないが、きっと一人にしてはおけないだろうと思えた。

そうであったらいいとも、思う。

解散を告げられるとすぐに、足早に去っていった彼女と繋がれていた手を見つめ、梓董もまた、自身の中の想いと向き合う決意を決めた。





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