彼女の、正体



絶望の選択肢を提示されたあの日から、一週間が経つ。早いようでいて遅いようでもあった日々は、寮内に満ちる重苦しい空気を、ただただより濃密にしていくばかり。誰もが口数を減らし、塞ぎ混むように視線を落とす中、白い少女の姿は一度も見受けられなかった。






《12/10 彼女の、正体》






これでは何の解決にもならない。

解決策があるかと言えば答えはきっと否となるだろうが、それでもいつまでもこうしているだけの時間などどこにも残されてはいないことは事実。たとえそれが死の選び方でしかないとしても、目を背けようともやがて滅びが訪れてしまうというのなら、どれだけ逃げようともその日はやって来てしまうのだから。

逃げ場もない現状、逃げても仕方がない。けれど解決策など何もないのだからどうしようもない不安は募るばかり。

無意識下にでもその思いを共有しようとしてか、もしくはその重みに耐えきれなくなってか、わからないが、一週間が経過した今日、区切りがいいこともあり一度召集がかけられ、皆で揃うことになった。


「あれから一週間。正直これからどうします?」


やけにあっさりと、そう勤めているだけなのかもしれないが、いつもと変わらぬ調子で切り出したのは岳羽。戸惑うようにそれを指摘した山岸に、彼女は混乱していても仕方がないと、至極正論を口にした。

それが内心からもそうであるかはわからないが、けれど、こうして切り出してくれる存在がいてくれることは、この場の誰にとっても救いだろう。

多分きっと、誰もうまい言葉など持ち合わせてはいないだろうから。

この期に及んで未だ姿を見せないイルに関しては、各々思うところもあるだろうが、連絡だけは入れてあるのだ、彼女にばかり都合を合わせてはいられない。

本音を言えば、少なくともこの場の誰よりも現状を理解しているだろうと思われる彼女には、皆聞きたいことはたくさんあるはずだ。この一週間の間とて、彼女を質す声はしばしば聞こえていた。それでも当の本人との音信が不通ともなればどうしようもない。梓董とすれば皆と同じ理由からも、それとは別に純粋な心配からも、彼女のことを気にかけていたし、幾度となく連絡を取ろうと試みもした。

彼女は今、どこで何をしているのだろう。
何を、想っているのだろう。

その答えを得る術はなく、話は彼女が不在のまま進められていく。

冷静に話してみないかと改めて切り出す桐条の言葉に、皆はそれぞれ自分の思う心の内を言葉にした。

逃げたくはない。苦しむくらいなら楽な方がいいが、だからといって望月を殺すというのは......。

上げられた意見は、そのふたつ。それはつまり、どちらも望月を殺さないというもの。イコール、このまま、記憶を持ったまま、滅びの日を迎えるということに他ならない。

絶望を思い知らせるカウントダウンを、その重みに耐えながら残り僅かと宣告された日々を生きるということになる。その重みに、果たして皆耐えきれるのだろうか。


「じゃ、じゃあ、綾時くんには、何もしないって事で......一致ですか?」
「お前はどうなんだ?」
「わ、私は、その......」


まるで、責任の押し付けあい。
人ではないと告げた望月は、けれど確かに一緒に笑って、一緒に遊んで、一緒に馬鹿なことをして......。

人ではない、などと言われても、彼は確かに生きている。生きてきたのだ、一緒に。

そんな彼を、殺すなど。

情や倫理に流されて、けれど保身も働き選びとれる道がない。望月も傷付けず、そして誰も死なずに済む方法。それをきっと、誰もがこの一週間考え抜いた。考えて、考えて......そうして、答えなどどこにも出てはこなかったのだ。


「確かに、どう死ぬか、とか言われても、そんなの選べないよね、実際」


迷いは皆同じ。結末が絶望にしか続いていないというのなら、何を望めばいいかすら見失ってしまう。岳羽の言葉はどこまでも真実で、だからこそ誰もが押し黙ってしまう中、彼女はふと、ずっと黙りきったままでいた同級生を気に止めた。


「て言うか、順平は? 決めた?」
「いや......」
「どうしたの? ......あ、もしかして怖い?」


だからどうして地雷を踏みたがるのか。

普段と変わらぬ態度を貫こうとする岳羽が、実際に本当に内心穏やかであるとはきっと、誰も思っていない。それはもしかしたら自分を保つための保身なのかもしれないが、けれどこんな状況でそんな「いつも通り」がどれだけ皆の救いになるか知れない。彼女のその態度は、今の皆には優しさにも強さにも映るもの。

が、それは相手にもよるだろう。

見栄や虚勢の目立つ伊織には、それを張る意味もない上に、追い詰められるところまで追い詰められてしまった現状を合わせ、逆効果にしかならないものだった。


「お前......なんだよ、そのノリ? 冗談言ってる場合かよ? “死ぬ”って話だぞ! 怖いに決まってんだろ!?」


当たり前だ。
先の岳羽の言葉も正しければ、伊織の今の感情もまた、当然のもの。

皆、生きているのだ。死ぬことが怖くないはずが、ない。


「じゃあ......どうするんだ。殺すのか......彼を」


死ぬのが怖い。当たり前だ、生きているのだから。

そう、当たり前なのだ。きっと、彼に、とっても。

殺すのか。

死ぬという恐怖を知っていて、それでも彼を殺せるのか。

問う桐条に、伊織はただ言葉を詰まらせ、そうして静かに俯いた。どうせ自分にできることなどない、そう言い逃げて。

そんな彼の感情の向かう先など、もうわかりきったものだった。


「大体、お前の......せいじゃんか......。そんなエラいもん抱えながら、気付きもしねえでさ......。お前が育てちまったんだろ! お前のせいみたいなモンじゃねえか!! 何とかしろよ!! お前“特別”なんだろっ!?」


やり場のない苛立ち、不安、恐怖。それを向けるには、梓董の存在はきっと、とても都合のいいもの。梓董とて巻き込まれたに過ぎないことを......それにより、両親とて喪ってしまったことすらも、今の伊織に考慮する余裕はないのだろう。

誰だって、他人よりも自分を優先する。ましてやこの極限にも近しい状況だ。他人の事情まで考えてやれという方が無理な話だろう。

そんな風に冷静に考える自分がいることに、梓董はどこか遠くで自嘲した。

デスを、死を呼ぶ存在と共に生きてきたからだろうか。この一週間、ずっと感じ続けていたことだが、どうにも現実感が薄い。まるで他人事のように輪を外れ傍観に徹していた自分を思い返し、けれどどうにも伊織の激情についていけない自分を自覚した。

死が、怖くないはずなど、ないのに。


「冷静に話し合うから参加するように言われて来てみれば......なに、これ」


静かな、凛とした響きの中に確かな憤りを含めた声が辺りの空気を震わせ、梓董は僅か目を見開く。

この声を聞き間違えるはずなどない。この、声は。


「イル」


いつの間に来たのか、いつから来ていたのか。入り口の扉の前で佇む白い影が、皆の視線を集める。驚いたような、困ったような、戸惑ったような。色々な感情を一身に受けながらも、彼女の足は怯むことなくまっすぐに進められる。

梓董の、傍らへと。


「キミ、変わらないね。戒凪のせいにして、戒凪に押し付けて、そうすれば楽だもんね。都合の悪いことはみんなみんな戒凪に押し付けちゃえば、さぞかし楽だよね!?」
「イル!」


珍しい、イルの激昂。こんなにも声を荒げる彼女を見たのは初めてかもしれない。

アオイ瞳でただまっすぐに伊織を睨み付ける彼女を慌てて桐条が諫めるが、突然現れた少女からの誹謗を、伊織が黙って受け止めるはずはなかった。


「んだよ、今更現れて偉そうに......! お前だってどうなんだよ!? 全部知ってますみたいな顔しといて、肝心なことはなんにも話さないくせに、都合が悪くなったら逃げてんじゃねえか!? 荒垣さんだって桐条センパイの親父さんだって、チドリのことやアイギスのことだって、お前が全部話してたら変わってたんじゃねえのかよ!?」
「っ!」
「順平っ」


それはきっと誰もが思って、そして誰もが問いたかったこと。他の皆がこんな風に責めたかったかはわからないが、それでも......そう思われても仕方のない行動を取り続けていたことは事実なのだ。

だからこそ言い返す言葉もなく息を詰めるイルに、それでも言いすぎだと真田が伊織を諫める。梓董が見上げた傍らでは、白い少女の小さな手が、強く強く握りしめられていた。

待つと、言ったのだ、梓董は。

他の誰が何と言おうと、それでも彼女の味方になるその覚悟は、とうにできている。

そんな想いを込めてその小さな手に、片手で包むように触れれば、一瞬だけびくりと震えたその小さな手から、少しだけ力が抜けたような気がした。


「いいんです。話さなかったことは、本当だから」
「イル......」


静かに答えた彼女は、ゆっくりと冷静さを取り戻すように小さく息を吐く。心配そうにその名を呼ぶ桐条に微苦笑を向けた彼女の手が、静かに梓董の手を握り返した。

心なしか、その手が震えて感じるのは果たして気のせいだろうか。

その震えを止めてやりたくて、けれどその方法がわからない梓董には、ただその手を離さず握りしめる他できることはなかった。


「今日は、それを話そうと思って来たんです」


今までずっと、黙っていたこと。言えずにいたこと。

それを、ようやく彼女は口にすると言葉にした。

そうして彼女が告げた、彼女の真実は......。



「あたしは......滅びの日から来ました」




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