十三番目の



それが何かは望月にはわからないが、それでも彼女では望月に敵うはずもないことは、はっきりとわかっていた。

デスは本来、殺すことなどできない存在なのだから。




「……ごめんなさい。事情はどうあっても、綾時を傷付けさせるわけにはいかない」




ふいに。目の前が白く弾け、アイギスの放ったペルソナが望月を捉える前に止められた。同時に聞こえてきた声に、思わず弾かれたように振り向く。


「君は……」


驚きから目を見開いて見つめる先で、白が、揺れていた。







ムーンライトブリッジでペルソナ反応を感知したと山岸から連絡を受けたのは、つい先程のこと。そろそろこうして叩き起こされることにも慣れてきたが、今回の場所がムーンライトブリッジともなると、どうにも縁があるように思えてならない。

十二番目の、最後の大型シャドウを倒した場所。その場所で一体何が起きているのか。

戸惑いと緊張とに包まれながら、寮生皆で向かったその場所に着いたその瞬間、目に映った光景に皆が揃って目を見開く。


「アイギスッ!?」


駆け寄ったその場には、傷付き、体の間接部から明らかに異常ととれる煙を上げたアイギスが頽れていた。


「すみません……。わたし……わたし……全部思い出した……。わたしが……誰なのか……。“彼”が……誰なのか……」


彼? 誰のことかと問える空気にもなく、とにかく必死に紡ぐアイギスの言葉に耳を傾ける。彼女はゆっくりと、間接部から煙を上げるその腕を、普段なら伴われることのない歪な機械音と共にこちらへと差し出してきた。

求める、ように。

梓董が反射的にその手を取れば、心なしか、彼女の体に込められた力が僅か緩んだ気がする。


「あなたの傍に、居たかった理由も……分かったの……。ごめんなさい……私……やっぱり勝てなかった……」


勝てなかった。その相手はおそらく、彼女が口にした彼であり、そして。

彼女を、傷付けた人物。


「君が謝る必要なんてない……」


もしかしたらまたストレガの仕業だろうか。他の可能性よりは高いその可能性から、そんな風にさえ思えた予想は、けれど割り込んできた意外な声にすぐさま否定される。

この声は。

聞き覚えのあるその声に促されるように振り返れば、橋の向こうからゆっくりと近付いてくるふたつの影が視認できた。

その影は、彼らは……。


「イル……綾時……?」


よく知る二人の人物を目に戸惑っていると、急に腕に負荷がかかる。何事かと視線を移せば、どうやら活動の限界を迎えたらしいアイギスが、機能を停止してしまっていた。山岸が慌てて支えてくれている。


「……ごめんなさい。アイギスを傷つけたのは、あたしです……」


俯きがちに呟く白い少女の手には、鈍く輝く一つの銃。見慣れたそれが召喚器であることなど、この場の誰もが察せること。

どういう、ことだ。どうしてイルが、アイギスを……。

元々彼女とアイギスはそれほど親しくしていたわけではなかった。一時は和解したとはいえ、望月が転校してきてからは、また不和が生じていたことも知っている。けれど、だからといって彼女が理由もなくアイギスを傷付けるとは思えない。理由があればここまでしていいとも思えないが、それでも何か事情があるならそれを知りたいとそう思う。

この件に関する話は、それからだ。


「違う、イルのせいじゃない。イルはただ僕を守ろうとしてくれただけなんだから」


傍らに立つ白い少女を案じるように見つめ、望月は静かに首を振る。

守る……?
話の流れから察すれば、それはアイギスから望月を、ということになるのだろう。それではアイギスは一般人である望月を攻撃しようとしたことになる。

そう、一般人……を……。

……違う。それはおかしい。一般人? そんなはずはない。だって単なる一般人なら、本当に一般人だとするならば……。

影時間に、こうしてここで対峙できているはずがないではないか。

気付き、まっすぐに見つめる先で、こちらに向き直った望月が小さく微笑む。

力ない、悲しそうな笑みで。


「全て、僕のせいなんだ……」


呟くように紡ぎ落とし、そうして目線を伏せた彼は、一つ一つ、ぽつりぽつりと小さく語り出す。

彼の本当の正体は、シャドウとほぼ同じもの。……いや、彼は自身を……シャドウから一歩進んだ存在だと口にした。

そう、彼は……宣告者なのだと、確かにそう紡いだ。


「さっき全てを思い出したんだ。シャドウの正体……。そして、僕自身の恐ろしい正体も……。信じられない……。こんな事って……」


何かに怯えるように。何かに絶望するように。力を失ったかのようにがくりと膝から崩れた望月を、すぐに傍らのイルが支える。辛苦に顔を歪める望月を見つめる彼女の表情もまた、酷く苦しそうだった。


「……シャドウの正体を知ってるのか?」


訊きたいことは沢山ある。おそらく、聞かねばならないことも。その多くの問いの中から、重要な一つでもある問いを桐条に向けられ、望月は緩々と顔を上げた。けれどそれも一瞬のことで、次の時には彼の双眸は再び伏せられてしまう。


「シャドウたちの目的……。それは“母なるもの”の復活なんだ。“死の宣告者”……。その存在に引き寄せられて、“母なるもの”の目覚めは始まる……」



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