十三番目の



今宵は、満月。

もう大型シャドウが出現することはないはずだが、どうにも満月の夜というものに不安は拭いきれない。……影時間が消えたわけではないからだろうか。

不本意ながらも幾月の遺した言葉さえ思い起こされ、何かが起こるのではないかという不安は、現実味を帯びた確信じみてきている。それを振り払おうにも、更に助長するかのように、今日は終日、イルと望月、それからアイギスの三人と連絡を取ることが叶わ なくなっていた。






《12/02 十三番目の》






「探しました」


凛と響く声。

緑の闇に静かに響き溶けたその音に、望月はゆっくりと振り返る。そこに立っていたのはひとりの少女。輝く金色の髪は緑の闇の中、なお美しく、深い青はただまっすぐにこちらへと注がれていた。

彼女は、そう、アイギス。クラスメートのひとりであり、そして出会い頭からずっと何故か望月を敵視していた少女。


「ここで何をしているんですか」


問われる、というよりも糾弾するような響きを強く感じてしまうのは、そこにも変わらず敵意を感じ取ってしまったからか。望月は苦笑を浮かべながら視線をアイギスから周囲に向け、そして空を見上げる。

どこまでも丸く丸い月が、やけに炯々と緑の闇の中輝いていた。


「気がついたら、自然とここへ来ていたんだ。自分でも不思議だよ……空も地面もおかしな色になって、人の姿がみんな消えて……大変な事が起きてる筈なのに、でもどういう訳か、心が落ち着くんだ」


緑の闇。動きを止めた時計。消えた人々。現れた赤い何か。棺のような、箱。

何もかも異常なもののはずなのに、何故こんなにも心穏やかにいられるのか。

わからない、わからない。

……目の前の少女が、まるでロボットのように、硬質的な……機械の四肢を持っていようと、それが自然だと感じてしまう、その理由も。


「……忘れたの?」


今度こそ、確かな糾弾の響き。強ばらせられた少女の表情が、責めるように望月を射抜く。


「影時間……普通なら踏み入れない筈の時間。でも、あなたは適応している……」


人間では、あり得ない程に。

言い切る彼女の言葉は、言外に望月をひとではないと告げていた。

そう。ひとでは、ない、と。

それがどういうことかなのと問うことも、そんなことはないと否定することも自分には許されるはずなのに、何故だろう。それすらも、今の望月には受け入れられてしまっている。

ひとではない。そうだ、ひとでは、ないのだ。

彼女も……自分も。


「……ようやく分かったんです。初めて見た時からずっと感じていた、この気持ちの正体。あなたはダメ……。あなたは……“敵”」
「僕が……“敵”……?」


彼女の、敵。

反芻すると共に、内側から何かが這い上がってくるような奇妙な感覚を覚えた。ぶわりと浮き上がり、そして体中に広がっていくこの感覚は、そう。

……肯定。

そうだ。そうなのだ。望月は、望月綾時というこの姿を模したものの正体は……。


「そうだ……。今夜と同じ満月の……。ずっと前にも……こんな……」
「そう……あなたとは、既に一度会ってる」


敵として。

静かに、そして厳しく。紡がれゆく言葉のひとつひとつに、望月の中の何かが揺さぶられる。顔を上げれば、緑の闇の中、変わらずそこにぽっかりと丸い月が佇んでいた。

彼女は、目の前の機械の乙女は……そう、アイギス。対シャドウ用に造られた、シャドウを倒すことを目的とした人工的な、兵器。

そして、望月は……。


「あなたの本当の名は“デス”……。十年前、私が封印したシャドウ!」


十年前。そう、十年前だ。

望月は確かにこの世に生まれ、そしてこの橋に降り立った。十三番目の属性をもつ者……デスとして。

けれど当時、生まれたばかりのデスの力は一部が砕けて散らばってしまっており、その存在は不完全なものだった。とはいえ、それでもその残された力は強大で、シャドウを殲滅することを目的として造られたアイギスをもってしても、倒すには至れなかったらしい。

その中で彼女が取った最終手段が、捨て身での封印。道は、それしか残っていなかったのだと彼女は語る。

そしてそのために利用されたのが……。

ひとりの、人間の少年。

偶然居合わせてしまった彼だけが、その場で唯一の封印の器足り得たのだ。……アイギスには、選択の余地などなかったという。

そうして器とされてしまった人間の少年こそが。


「戒凪君……」


そう、望月は、デスは、十年前のあの日から、ずっと彼の中にいたのだ。彼の中で、生きてきていた。

そうして彼がこの街に戻ってきたあの日、あの時から再び全てが回りだす。デスから散らばってしまった力の一部、十二の破片に別れたそれらに引き寄せられるよう、彼を誘った。

他ならない、望月が。


「……そうか。今、分かったよ……。全て思い出した……。僕が誰で……どういう存在なのか……」


認めたくない。認めたくなど、なかった。けれど。


「機械は、目的を決められて生まれるもの。あなたを倒す……それだけがわたしの、生きる証!」


まっすぐに見つめてくるアイギスの、なんて悲しい眼差し。悲壮な想いを乗せたガラス玉のように綺麗な青に、望月は緩々とただ首を振る。

そんなことはないと、諭すような想いを乗せて。


「パラディオン!」


何かに追いつめられているのだろう。それはきっと、望月の存在ではない、別の何か。その何かが彼女を焦らせ、動かしている。



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