おもいで



「戒凪ー! 今日って、時間もらえたりしない?」


唐突に。まあ彼女らしいと言えばらしいその誘いを、梓董が断る理由はなかった。







《12/01 おもいで》







改まって何の誘いかと思えば、どうやら単に遊びに行こうという誘いだったらしい。放課後揃って巖戸台に向かえば、その先で、今日は学校を欠席していた望月が待っていた。

学校を欠席した彼が、何故ここに。疑問を投げれば返る答えは曖昧なもの。明確な理由がないのか、それとも答えたくないだけなのか。わからないが、深く問われたくないことを追随してまで問う必要性は感じられず、それ以上問いを重ねることはしなかった。

とにかく、遊ぼうとイルが誘ったメンバーはこれで全員らしい。最近では珍しくもない面子故に、特段気遣いを気にする必要もないようだと判断する。まあ元より、あまり他人に関心のなかった梓董が、改まって気遣いをみせることなどあまりないのだが。

揃ったところでまず向かったのは古本屋。暖かく出迎えてくれた老夫婦といつもと変わらない雑談を交わし、夕食までご相伴に預かった後、ポロニアンモールへと移動。ゲームセンターで軽く遊び、カラオケへという定番のルートで遊び回れば、時間などあっという間に過ぎていき。気付けば未成年者は補導されてしまうような時間帯になっていた。

とはいえ、それを気にするような者はこの三人の中にはおらず、場所だけ移した長鳴神社の境内で揃って座り込み、空を見上げる。

ここからなら、星も綺麗に思えた。


「いやー、遊んだねー」


楽しそうに笑いながら切り出すイル。けらけらと笑う彼女につられるように、望月も梓董も揃って柔らかに笑みを刻む。


「そうだね、僕もすっごく楽しかった」
「うん」


たまには、いいかな。そんな言葉に繋げれば、望月からそうだねという同意が笑みに乗せられ返ってきた。


「……月が、満ちるね」


満月。知る者たちからすれば、大きな意味を宿し続けてきたその夜は、今度はどんな意味を携え訪れるのか。

見上げて呟く望月を見やれば、自身の名と同じ形を象っていく青白い円に、何か思うところでもあるのだろうか、どことなく苦しそうな、悲しそうな表情を浮かべて見えた。

呟く声音は、落ち着いたものだというのに。


「僕、今日のこと、ずっとずっと忘れない。ううん、今日だけじゃない。君たちと出会えたこと、絶対に忘れないから」


梓董とイルをまっすぐ見据え、静かに、けれど決意強く重ねられていく言葉は重く、突然どうしたのかと訝しく思う。彼は月に、何をみたのか。


「何か、あったのか?」


学校を休んだことも。複合して、気になる思いを口に乗せれば、望月はただただ小さく微笑んだ。

やはり、どこか悲しそうに。


「……ううん。何も、ないよ。ただ……」


月を、仰ぐ。青い彼の双眸が、月の輝きに鈍く光を反射した。


「僕はやっぱり、君たちが好きなんだ。だから、それを伝えたかった」


それはまるで……。

儚さすら伴う寂寥が、言い知れぬ不安と焦燥を誘う。目の前から彼が消えてしまうのではないかという、錯覚。

ファルロスが、イルが、いなくなったあの時が思い起こされ、衝動的に手を伸ばした。そうして触れた確かな彼の髪の感触に内心で安堵して、梓董はそのまま彼の頭に乗せた手で、軽くぽんぽんとそこを叩く。

安心させるように、というこの行動は、同時に自分自身も安心させてくれた。

彼は、ここにいるのだと。そう、認識できるから。


「大丈夫だよ、綾時。俺もイルも、ここにいる。いつだってお前の傍にいるから」


大丈夫。彼女の紡ぐそれのように、この言葉も彼の中に届いたなら。そう願う梓董に、望月は変わらず緩く微笑んだ。


「うん。……ありがとう」


輝く月の下、本当に儚かったのはなんだったのか。

知る由もないままに、満月は近付いてゆく。







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