既視感



修学旅行から帰ってきて一週間。なんだか色々とばたばたしていたお蔭ですっかり後回しにしてしまっていたが、いつまでもそうしておいては相手にも失礼だろう。

そう思い、職業体験も終わった今日、ようやく彼女に連絡を取ったのだった。







《11/27 既視感》







巖戸台のたこやき屋の前にあるベンチ。少し前まで早瀬がよく座っていたそこに、今日は入峰と共に腰掛ける。

別に彼を懐かしんでいるわけでも、ましてここで過ごした日を引きずっているわけでもなく、単に彼女と待ち合わせるならと考えたところ、真っ先に浮かんだ場所だっただけに他ならないから。そう思うと、どうやらやはり、彼女と早瀬はセットで思考に上がってくるものらしいと、無意識下での自分の思考を鑑みる。


「はい、これ。遅くなったけど、修学旅行のお土産」


そう紡ぎながら傍らに座る少女に手渡す、小さな包み。渡されるままにそれを受け取った入峰は、微かに頬を染め微笑んだ。


「本当に、私にまで……。ありがとうございます!」


見てもいいですか?
中身を問うその言葉に頷けば、彼女は嬉しそうに包みを開いた。中から現れたのは、桜と月をモチーフにしたトップの付いたネックレス。銀細工のそれは、和風のデザインから京都を感じられなくもないが、あまり京土産といった実感は得られない。

確かに京都で買ったものに違いはないが、京都まで行き何故あえてこのチョイスかと、伊織辺りにならつっこまれたところだろう。当然のように、特段深い意味とてなかった。

とりあえず、目の前の少女はそれらに関して気にした様子もなく、むしろそれとは別のことに戸惑いを覗かせる。


「こ、こんなに高価そうなもの……、受け取れません」


高価そう。確かに一般的な感覚で言えば高価な類に含まれそうなそれは、けれど一般的な感覚というものを失って久しい梓董からしてみれば、そこまで遠慮されるものでもない。

やはりタルタロスの存在は、いろいろな意味で精神衛生上よくない作用をもたらすのだろう。

第一、高価だと言えば、ブランドものばかりを喜ぶ者もいるのだ。それから比べればよほど可愛らしいレベルに思えるのだが。


「気にしなくていい。俺が好きで買ってきたものだし。それとも、気に入らない?」
「そ、そんな! とても素敵すぎて私にはもったいないくらいで……っ」


迷うように。どうしたらいいのか、どうすべきなのか、視線を忙しなくあちこちに移ろわせた入峰は、しばらくしてようやく梓董を仰いだ。
まだ若干、窺うように揺れる瞳のままで。


「……あの、本当に、私が戴いてもいいんですか?」
「うん。そのために買ったんだし」


あっさりとした答え得られ、そうしてようやく入峰は一息吐く。はにかむように躊躇いがちに刻む笑みは、それでもどこか嬉しそうだった。


「ありがとう、ございます。大切にします!」


うん。
もう一度頷いて答える梓董に、今度こそ入峰の柔らかな笑顔が向く。その笑顔だけでも嬉しく思えるのはやはり、彼女と似ているから、だろうか。

だとしたら、それは入峰に対し失礼かもしれない。どこか申し訳なくそう思う梓董は、けれど今更イルの影を追わない方法は思いつけなかった。

そんな折。


「あれ、戒凪君?」


聞こえてきた声に振り返れば、やや離れた場所に、やっぱりといった意味合いを乗せた表情で笑む望月がひとり立っていた。彼は梓董と、傍らに座る入峰とを交互に見やりながら近付いてくる。

戸惑う入峰の雰囲気を傍らから感じながら、梓董が抱いた感情は面倒なことになったかもしれない、という疲弊。


「えーと、望月綾時っていいます。はじめまして」


にっこり。学園中の女生徒のこころを転校早々射止めて回る人好きのする笑顔を入峰へと向けた望月は、そのまま「あれ?」と小首を傾げる。まじまじと入峰を眺める顔の距離が、徐々に近付いていっていた。


「……はじめまして、だよね?」
「え、あの」


当惑気味に上半身を僅か退く入峰の様子は、明らかに望月の距離感に困っている。やはり予感は的中かと息を吐いた梓董は、入峰と目線の高さを合わせるために位置の下げられている望月の首根っこを、座ったまま掴み、引き寄せた。


「うわっ」


突然の引力に望月がバランスを崩すが、そんなことは知ったことではない。耐えきれずぺたりと尻餅をついた彼を、当然のように梓董が支えることはなかった。


「いったた……。ちょ、いきなり酷いよ、戒凪君!」

抗議とて聞こえないふり。構わず無視を決め込む梓董と望月との様子を、あわあわと困惑気味に交互に見やった入峰が、一瞬置いて慌てて望月に近寄り手を差し出す。放っておいてもいいとは思うが、彼女の性格上そうもできなかったのだろう。


「あ、あの、だ、大丈夫ですか?」
「え? ああ、うん、平気平気」


ありがとう、と、入峰の手を取り立ち上がった望月は、これぞ好機とばかりに彼女の手を取ったまま、にこりと笑む。


「ねえ、名前、教えてよ」
「あ……。あ、えっと、入峰、琉乃といいます」 「そっか、琉乃ちゃんね」


笑みを深める望月の、なんというたらし具合。滲み出るそれは、ある意味一種の才能だとすら思えた。

羨ましいとは全く思わないが。


「じゃあ、僕、ひとを待たせてるから行くね。また、会えるといいな」


望月は入峰の名を聞けたことで満足したのか、それじゃあと梓董と入峰に手を振り、さっさと背を向け去っていく。突然現れて突然去っていくその様はまるで嵐のようで、一体何がしたかったのか疑問に思う。

とにもかくにも。梓董も目的は果たしたので、もうしばらく談笑した後、入峰と別れ寮を目指すのだった。







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